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79. 大反省会

「あれは、良くなかったですね。どうしてだか、分かりますか」

「はい」


 侍女長様の前で、私は小さくなって頭を垂れる。


 殿下との朝食の席から、なんの考えもなしに逃げてきてしまった。でも、考えてみれば、私には行くところがない。


 まさか、あの状況で殿下の部屋に戻るわけには行かない。そのくらい、私でも分かる。


 庭園をとぼとぼ歩いているところを、侍女長様の命を受けた侍女様たちに捕獲された。そして、あっという間に、次女長様の元へ連れて来られてしまった。


「どこが悪かったか、説明してごらんなさい」

「人前で、殿下に恥をかかせてしまいました。思慮が足りなかったです」


 私の答えを聞いて、侍女長様は大きくため息をついた。どうしよう、間違った返答だったのかな?


 朝食を中座したことが、だめだった?そもそも、殿下の朝食の誘いを受けたことが?

 いやいや、殿下の求婚を受けなかったことだよね。王命に逆らったから、不敬罪で投獄されてしまう?


 アレコレと失態について考えていると、侍女長様がコホンと軽く咳払いをした。そして、私の手を取って、ペチペチと軽く叩く。


「そういうことではないのです。もちろん、殿下を手ひどく振ったり、公衆の面前で晒し者にしたことは問題です」


 かなりストレートな言い方をされた。怒っているのかと思って見上げると、侍女長様はすごく優しい目をしていた。


「あなたの失敗は、殿下とよく話し合わずに、答えを口にしたことです。きちんと考えずに結論を出すと、選択を間違ってしまいますよ。自分の決断に後悔しないために、時間をかけて問題と向き合う姿勢が大切です。殿下を、大切に思っているのでしょう?」  

「はい」

「それなら、殿下の気持ちにもっと真摯に向き合って、自分の気持ちを時間をかけて考えなさい。それで出した答えが同じなら、私は何も言いませんよ」


 私は思わず、侍女長様の手をぎゅっと握った。痩せて骨ばった手だったけど、とても温かかった。

 母が生きていたら、こんな感じかもしれない。そう思ったら、少しだけ涙が出た。


「今夜は、殿下は来ません。あなたには部屋を用意しましょう。一人でゆっくり考えてごらんなさい」


 私はそのまま、別室に案内された。それは後宮の中の一室で、以前に入ったことがあった部屋だった。

 王女様の命で殿下の閨を訪れることになった夜、私が身支度をした場所。


 後宮。多くの妃たちが住まう場所。殿下の部屋に続く通路を歩けるのは、その夜に呼ばれた女性だけ。


 側室となれば否応もなく、たくさんの妃と殿下の寵愛を分け合う。殿下には正妃がいて、公式の場にはいつも隣にその方を連れていく。いくら殿下を愛しているとはいえ、苦しい気持ちになると思う。


 殿下は、そういうハーレムは望んでなかった。後宮は持たないから側室は取らないと。

 だから、王女様の目論見は霧散して、私たち側室候補は誰も後宮には入らなかった。


 つまり、殿下は、側室を持つ気は初めからなかったということ。あの雪の日、殿下は私を王宮から出した。私を側室にしないために。

 その殿下が、どうして今になって、私を側室にしようと囲ったりするだろう。


 ない。絶対ない。


 私を側室にしなくてよくなったので、殿下はああして私を寝室に閉じ込めた。あの時から、もう殿下の気持ちは決まっていたんだ。


 それなのに、私は殿下の側にいられるだけで幸せで、そういうことをきちんと考えてなかった。夜中、ほんのちょっとでも部屋に戻ってこられて、私の様子を確認してもらえるだけで嬉しくて。浮かれているだけで地に足がついていなかった。


 ばか。まぬけ。


 侍女長様が言った通り、その夜は殿下は現れなかった。ここは殿下の部屋ではないし、後宮といっても殿下の部屋に続く通路のドアは閉ざされている。


 でも、今夜も殿下に来てほしかった。一緒に寝てくれなくてもいいので、ただ殿下の近くにいたかった。


 殿下の言ったことは本当だ。好きな人の温もりを知ったら、もう離れているのはつらい。ずっと一緒にいて、抱きしめてほしい。

 そして、殿下も今、同じ気持ちでいると思うと、ひどく胸が痛んだ。


 貧乏男爵令嬢である自分が、王太子妃や王妃や国母になるなんて、どう考えても無理。でも、その大役をこなせなければ、殿下と一緒にいることはできない。


 殿下だって、私のような身分のものを正妃に推すのは難しいと思う。それでも、結婚を望んでくれた。

 少なくとも、結婚に立ちはだかるだろう困難を、共に乗り越えたいという意志を示してくれた。それは、紛れもない殿下の愛情。


 殿下に会いたい。会って気持ちを伝えたい。


 私は今日、殿下に告白しようと思っていたんだ。なのに、あんなひどいことをしてしまった。

 そう思うと、泣きそうになる。きっと、すごく怒っていると思う。もう愛想を尽かされてしまったかもしれない。


 あれから、いつも元気なメイドさんたちは暗く、もくもくと与えられた仕事をこなしていた。

 侍女様方も貧血で病欠が増えたということで、あまり姿が見えなかった。私の愚考に呆れているんだ。


 後宮は人気がなく、泣いても声は聞こえない。でも、なぜか泣くことはできなかった。


 誰かが繰り返し回すオルゴールの音を聞きながら、私は眠れない夜を過ごしていた。

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[良い点]  この色ボケ王太子が…(^^)  
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