78. プロポーズ大作戦 (アレクの視点)
とにかく、気を取り直して、私たちは朝食をとることにした。侍女たちの奇行については、後でそれとなく侍女長に注意しておけばいい。
「お腹は空いている?」
「はい」
「疲れたんだね。よく食べないと、これから体が持たないよ」
昨日、クララは、一ヶ月ぶりで外へ出た。ずっと王宮に引きこもっていたのなら、体力も落ちて疲れやすくなっているはずだ。
よく寝てよく食べて、早く公務に出られるくらいに元気になってほしい。元気なクララは、いつだってキラキラしていて、食べてしまいたくなるくらいに愛らしい。
そう思って、オレンジジュースを手に取ったところで、またもや側にいた侍女がフラフラっと倒れてしまった。
さすがに心配になって、私は侍女長を呼びよせた。何かの悪い病気だったら、クララに感染してはいけない。注意しておかなくては。
クララは喉が乾いていたのか、私の膝の上でコクコクとオレンジジュースを飲んでいる。
その必死な姿が、異様に愛くるしい。
「侍女長。侍女たちに、何か悪い病気でも流行っているのか?」
「いえ、そんなことはございません。みな若い娘ですから、色々と経験不足なのだと」
「そうか。それならいいが。変な病気がクララに感染しては困る」
「心得ております。殿下のお子をお産みになる大切な御体。細心の注意を払っておりますので」
「ああ、頼む」
まだ婚約も成立していないというのに、侍女長もすいぶんと気の早いことを言う。
案の定、クララは私たちの会話を聞いて、盛大に咽ていた。それはそうだろう。いきなり子を産めと言われたら、乙女はみな驚くはずだ。
だが、世継ぎの誕生を求められるのは、私の立場では避けられない。私はクララ以外に妃は取らないのだから、クララに産んでもらうしかない。息子は三人くらいほしいが、クララに似た娘なら何人でも産んでほしい。
そうだ。すっかり忘れていた。まずは、プロポーズをしなくては!
私はクララの手を取って、その甲に口づけた。クララを抱えたまま立ち上がって、彼女を椅子にそっとおろす。そして、その場に片膝を付いて、クララの両手を握る。
「クララ。私と結婚してくれ。私の唯一の妻として、王太子妃になり王妃となり、ゆくゆくは国母に。一生、私の側でこの国と国民を支えてほしい」
なぜか周囲から、『わあっ』と声が上がった。
全く気が付かなかったのだが、いつのまにか、植物や柱の影にメイドや護衛騎士たちが潜んでいて、私達の警護をしてくれていたようだ。
未来の国王と王妃。みな、私たちのことを大事に思ってくれている。
私は、クララの返事を待った。ふと握っている手を見ると、かすかに震えていた。そして、なぜかとても冷たくなっている。
具合が悪いのかとクララの顔を見ると、案の定、顔色が悪かった。真っ青だ。
「……無理です」
クララは震える声でそう言った。何が無理だと言ったんだ?
「私には、務まりません」
私の妻が務まらないと、そう言ったのか?それはどういう……。
「ごめんなさい!お断りします!」
何を断ると言っているんだ?まさか私と結婚したくないと?つまり、そういうことなのか?
クララは怯えたように席を立って、そのまま走り去ってしまった。
私はその場で跪いたまま、思考が停止してしまっていた。よく考えてみれば、私はクララの気持ちを確かめていなかった。
もしや、クララは他に、想う男がいるのか?カイルとローランドは蹴散らしたが、他にも伏兵がいたということなのか?
いや、ただ単に、私と結婚したくない、ということなのかもしれない。私のことが、好きじゃないということなのか?そんなことがあるのか。そうだとしたら、もう立ち直れない……。
しばらくして、私がフラフラと立ち上がると、護衛の騎士が手を貸してくれた。いつのまにか、大勢いたギャラリーはいなくなっていて、侍女長だけが残っていた。
「クララには、きちんと言って聞かせますので。ただ、今夜のお渡りはご遠慮ください」
「いや、無理強いしないでほしい。私が、少し急ぎ過ぎた」
私は王太子だ。命令すれば何でも手に入れられる。だが、それでは意味がない。クララが幸せになれないなら、そんな結婚に価値はないのだから。
侍女長はふーっと大きなため息をついて、そのまま下がっていった。私は失意のままに、執務室に向かった。
とりあえず仕事をしよう。仕事があってよかった。そうじゃなかったら、潰れていたかもしれない。
私は執務室で、いつものように仕事を片付けた。そしてその後、なぜか側近たちと国王のサロンで朝まで飲み明かすことになった。
話題は、女性の口説き方や正しい閨の手ほどき。ローランドが一番楽しそうに語っていたのが、印象的だった。どうやら、ヘザーとうまく行っているらしい。本当にうらやましい限りだ。
その夜は、いくら飲んでも酔うことはできなかった。