77. 後朝の語らい (アレクの視点)
クララとの朝食は、室内庭園でとることにした。ここは、王宮のちょうど真ん中にある庭園で、ドーム状のガラス張りの天井で覆われている。
温室ほど草花で溢れているわけではないが、それなりに植物も置いてある。
何よりも、高い天井が開放的だ。沈んだ気持ちを高揚させるには、やはり太陽の光に当たることだ。ここなら、それに最適だろう。
この一ヶ月ほど、私は忙しさにかまけて、クララを放ったらかしにしてしまった。帰ってこない私を、寝室で待つばかりの日々など、どれだけ退屈で窮屈だったことか。
部屋には確か、『真実の愛』というシリーズものらしき本が置かれていた。ずっと、読書をして過ごしていたのだろうか。本当に、申し訳なかった。
明日からは、外に出るときは、いつもクララを連れて行こう。公務に慣れるのも、王太子妃教育に役立つだろう。
それは建前であって、本当はクララが私のものだと、みなに見せびらかしたい。
王族の恋愛結婚が主流となれば、貴族たちからも政略結婚が廃れていくかもしれない。閨閥などというばかばかしいものは、この際なくなればいい。
昨夜、クララはぐっすり眠っていた。あの調子だと、起きるのももう少し遅いかもしれない。
それでも、私は気が急いてしまって、クララが来る三十分以上前には、すでに室内庭園をウロウロとしていた。
そんな姿を、護衛や給仕の者たちには、変な目で見られているような気がする。私の格好が、どこかおかしいのだろうか。
そうしているうちに、クララが現れた。私を待たせていると思ったのか、急いで来たらしく、頬が高揚している。可愛い。
オフショルダーのドレスは、ハイウェストで切り替えられていて、まるで神殿の女神のようだ。すごく可愛い。
私のつけたキスマークを目立たないようにしているのか、ハーフアップにした髪があどけなさを醸し出している。凄まじく可愛い。
「殿下、おまたせして申し訳ありません」
クララは、ドレスをつまんで淑女の礼を取った。可愛いすぎる!
「ちょうど今、来たところだ。よく眠れた?」
「はい。おかげさまで。昨夜は、恥ずかしい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
私は、赤く染まるクララの頬を、指でそっと撫でた。なんて柔らかいんだ。この可愛さの破壊力。天使としか思えない!
「とても可愛かった。こちらこそ、いきなりで驚いたろう。勝手なことをして、すまなかった」
「そんなことは。あの、とても嬉しかったです」
クララが、私の指に自分の手を添えた。白くて小さな手が、少し震えている。緊張しているのだろうか。可憐だ。
なぜかそのとき、バタバタっと数人の侍女が鼻血を出して倒れた。急いで救護にかけよる護衛たちも、顔が真っ赤だ。
一体、どうしたことだろうか。ここは、のぼせるほどの気温設定には、なっていないのに。
不思議には思ったが、彼らはそのまま救護室に行くということで、代わりに控えの侍女たちが来てくれた。
だが、なぜかみな、鼻に綿を詰めている。最近の流行なのだろうか?
「とにかく、座ろうか。もし暑かったら言って」
「はい。気持ちがいいところですね」
「そうだろう。気に入った?」
「はい。とっても!」
クララが私のほうを見て、ニコニコと微笑んでくれている。ここは天国か?
信じられないくらい可愛い天使が、地上に降りてきているとしか思えない。
テーブルのところまでエスコートすると、クララは戸惑ったように私を見上げた。上目遣いのクララは、小悪魔みたいに蠱惑的に可愛いかった。
そうか、ここは地獄なのかもしれない。クララが小悪魔なら、私は大魔王になろう!
「あの、殿下、椅子が……」
椅子は、一つしか用意していない。私は有無を言わさずにクララを抱き上げて、そのまま椅子に座った。クララはちょうど、僕の膝に横座りするような形だ。
予期しない動きだったのか、抱き上げた瞬間に『きゃあ』と悲鳴をあげて、クララが僕の首に抱きついてきた。彼女から漂ういい匂いに、めまいがする。
「殿下、これは、恥ずかしいです」
真っ赤になったクララが、両手で顔を覆ってしまった。そんな風に恥じらわれると、こちらまでいけないことをしている気になってくるだろう。
罪作りなお姫様だ。いますぐ、頬ずりしたい。
「君を知ってしまったら、もう離せない。諦めて」
メイドたちが言ったとおり、人の体温というのは癒やしになる。私にとってはもう癖になってしまったと言ってもいい。
お膝抱っこは必須だ!一緒にいるのに、離れて座るなんてとんでもない!
不思議なことに、真っ赤になったのはクララだけでなく、侍女や護衛など、その場にいるものたちみなだった。ハンカチで、鼻をつまんでいるものまでいた。
この時期、まだ花粉症には早いと思うのだが。王宮内の健康管理は、大丈夫なのだろうか。
変な流行病なら、クララに近づけてはいけない。すぐに、二人でどこかに避難しなければ!
二人きりで南国の水上コテージの寝室に籠もる。そんな婚前旅行が、ぼんやりと私の頭に浮かんでいた。