75. 告白したい
泣きすぎたために、目がポンポンになった。氷で冷やしたので、夜には腫れは引いたけど、水分を失った目は疲労が激しい。
いつもなら起きている時間なのに、目が開けていられない。湯浴みをしてリラックスしたら、もう睡魔に勝てなかった。
そんな様子をみて、賢いメイドさんたちは、さっさと寝支度を整えて、早々と退出していった。
いつもと違うと気がついたのは、深夜を回ったくらいだった。夢を見ているのかと思った。殿下が後ろから私を抱き抱えたまま、静かな寝息を立てていた。
王女様が去った日、殿下の寝室に強制送還された。正直ショックで倒れそうだった。
それだけでも結構なダメージなのに、お風呂だ脱毛だ香油マッサージだ化粧だと、くたくたになるまで全身をピカピカに磨き込まれた。
極めつけが、王女様が用意していった夜着。普通じゃない布面積と透ける素材は、誰が見ても勝負下着だった。
寝室に投げ込まれた後、侍女長様が初夜の心得の講義したときには、さすがに泣きたくなった。「押してだめなら引きなさい」と言われてしまったのだ。
前回の夜這いが全く不発に終わったことは、すっかりバレている。穴があったら入りたかった。
とにかく、覚悟を決めるしかない。寝室には、ほのかな香が焚かれ、雰囲気を高めるためか、灯りは蝋燭だけ。
みなさんの努力を無駄にしないため、今夜はなんとか殿下をその気にさせなくちゃいけない。私はかなり気負っていたのだ。
でも、明け方近くに寝室に戻った殿下は、案の定、私に指一本触れることなく、別室に消えてしまった。
殿方をベッドに誘うなんていう、超高等テクは持ち合わせていない。だから、私は寝たフリをしてやりすごした。完全にヘタレ。
翌朝、寵愛の痕跡が全くないシーツを見て、メイドさんたちは明らかにガッカリしていた。
そんな日が一週間くらいが続き、毎日繰り返されていた「初夜の準備」は唐突に終わりを告げた。メイドさんたちも、いい加減疲れたのだろう。
それはそれで、気が楽になったけれど、女としての魅力がない自分には、かなり落ち込んだ。
殿下は私を、愛してくれているとは思う。以前、ちゃんとそう言ってくれたし、そうじゃなかったなら、私をここに置いておくはずはない。
だから、殿下の気持ちを疑っていない。
でも、私の側には決定的な失敗があった。まだ自分の気持ちを伝えていない!ただ、側室にしてほしいと言っただけ。権力目当てと思われても不思議はない。
何度かキスはしたけれど、事故チューだったり非常時だったり。一時的な感情の高まりだったと取られかねない。これは、最大の失態だ。
愛の告白なんて、勢いがないとできないと思う。タイミングときっかけも。
なんの脈略もなく、いきなり「好きです!」とか言い出すのは、物語のヒロインだけ。実際は、そんなことは恥ずかしくて簡単には言えない。
やっぱり、お酒の力を借りるしかないのかな……。
殿下との関係がはっきりしないまま、私はカイルを送り出し、ローランドと別れた。三股をかけていたわけじゃない。婚約者だったり許嫁だったりした過去に、きちんとけじめをつけただけ。
そして、フリーになった途端に、告白を飛び越していきなり添い寝。それって、恋愛小説に出てくるソフレとかいう添い寝友達?
断りもなく、ベッドに潜り込んできたのは殿下。でも、ここは殿下の寝室。居候しているのは、私のほう。
殿下を起こそうと、何度か呼びかけてみた。でも、どうやら疲れているらしく、熟睡していた。
殿下の規則的な寝息や、背中から伝わる体温の暖かさ、逞しい体から漂ういい香り。それが、天国みたいに心地よくて、私はまた目を閉じた。
そして、起きたら殿下はいなかった。あれは欲求不満が見せた夢だったのかもしれない。本当に我ながら情けない。
そう思っていたら、メイドさんがニコニコ顔で入ってきた。なぜか「お疲れでしょう」と労われ、お風呂に入れてくれる。
みなさんが、私の首筋を見て顔を赤らめる。鏡を見ると、真っ赤なキスマークが!いつ、誰が、なんのために?
もちろん、殿下以外にいない。つまり、昨夜のことは夢じゃなくて現実だった。
「殿下から、花束が届いています!室内庭園で、朝食を一緒にと!」
メイドさんの一人が駆け込んできた。周囲から歓声が上がる。彼女らは一斉に活気づき、まるで着せ替え人形のように、あれやこれやと私の世話をしてくれた。
そして、あっという間に『どこの国のお姫様か』という化粧プチ整形が完成した。
さすが、王宮のメイドさんの腕はすごい。
忙しい殿下を待たせてはいけないということで、私は室内庭園に急がされた。王宮の侍女様たちが付き添ってくれる。
みなさん、男爵家の私よりもずっと身分が高い。そういうご令嬢を引き連れて歩くなんて、公開処刑的な気まずさがある。
それでも、侍女様方は流石にプロ。そういうことはおくびにも出さず、髪のほつれなどを直してくれたりする。畏れ多くて、震えてしまう。
とりあえず、ようやく日中に殿下と会える。告白のチャンス! 側室としてお仕えするのだから、そこははっきりさせておきたい。
私が後宮に入ったところで、なんの得にもならない。せめて精一杯の真心を込めてお慕いするのが筋。それくらいしか、私にできることはない。
殿下はすでに室内庭園にいて、私が来ると笑顔で迎えてくれた。ガラス張りの天井から降り注ぐ太陽の光で、殿下の髪がキラキラと輝いている。
白いシャツと紺のスラックスというシンプルな格好。それが鍛えた体の線を強調して、さらに美貌を引き立てていた。
私を含め、その場にいた女性はみんな、殿下を一目見た瞬間に赤くなったと思う。それほどに、今日の殿下は色気も凄まじい。
一瞬、『一体どこのおとぎ話の王子様か』と思ったけれど、実際に正真正銘この国の王子だった。
やっぱり、私には 告白なんて無理かもしれない。