69. 王女様の旅立ち
あの事件の後、王宮には様々な変化があった。一番最初に行動を起こしたのは、やはり王女様だった。
王女様はバイタリティがあり、一部ではワンマン過ぎるという意見もあった。こうと決めたら、一途な方だった。
王女様は会場から無事に脱出した後、シャザードを倒したレイ様と深く愛を確かめ合ったらしい。
ずっと密かに愛し合っていた二人は、これを機に正式に関係を公表することにした。
……と言うか、周囲にバレバレになるのを、気にしなくなった?
北方から戻ったレイ様と、すぐに二人っきりで寝室に籠もったとか。寝食も忘れて睦み合う二人に、誰も近づけなかったとか。
殿下の気持ちを考えると、これは結構複雑だ。
公認の愛人を持つというのは、貴族社会ではそう珍しくはない。でも、それは結婚した後であって、婚約もしていない場合には、ちょっと具合が悪い。
あの事件の翌日、お昼頃になって私は王女様の部屋に呼ばれた。
興奮で頬を真っ赤に染め、嬉し涙を浮かべて私に抱きつく王女様は、あまりに美しかった。同じ女性である私でも、思わずドキドキしてしまうぐらいに色っぽい。
あのときはそういう事情を知らなかった。だから、それには気が付かなかったのだ。
つまりは、あれが愛されフェロモンというものだったんだろう。男性に可愛がってもらうと、女性が発するというアレ。私でも、ああいう色気が出るんだろうか?
いや、待って!そういうことは、まだ先だから!まずは、殿下がご成婚してからよ!
側室は正妃様の後に入内するもの。それまでは、侍女として殿下にお仕えする。当然、清い関係のまま!
王女様は私に、何度も感謝の言葉をかけてくれた。それには値しないのに。むしろ、無謀な行動だと怒られるべきだった。
「クララ、ありがとう。あなたのおかげよ」
「私は何も……」
あのとき、怪我をしたヘザーたちを助けたくて、とにかく人の気配のする方へ歩いていった。そして、殿下とシャザードの魔法戦に出くわしたのだ。
誰が見てもシャザードが優勢。殿下の命が危ないと思ったとき、勝手に体が動いてしまっただけ。
「クララの勇気のおかげよ。あなたは恩人!命をかけるほど、本当にアレクを愛しているのね!」
王女様は、いきなり直球で来た。自分の婚約者を愛している侍女に、こういうあけすけな賛辞というのは、いかがなものだろうか。
返答に窮してしまった私に向かって、王女様はさらに爆弾宣言を繰り出した。
「なので、あなたへのお礼はアレクにしたわ!煮るなり焼くなり、好きにしていいわよ!」
何を言っているんでしょうか。だって婚約は?同盟は?殿下は、王女様の夫となる方なのに。
そんな私の疑問にはお構い無しで、王女様はどんどん飛ばしていった。
「もう婚約はいいわ。反故にしたの。私はやっぱりレイ以外は無理!私に触れていいのは、一生レイだけよ」
立場にそぐわないキワドイことを、いかにも嬉しそうに言った。そんな王女様は、少し離れて控えているレイ様を振り返る。
さすがのレイ様も気まずいのか、うつむいていた。顔は見えないけれど、耳が赤い。つまりこれは、二人のそういう関係を意味してるんだろう。経験がない私にも察せられた。
王女様の肌はいつもに増してツヤツヤ。内側からにじみ出るような色香を醸し出していた。あれはやっぱり、そういうことの効果に違いないと思う。
でも、あの感じからするに、王女さまがレイ様を強引に押し倒したんだと思う。うん、まず間違いない!
「私はレイと出奔するわ。アレクのことよろしくね!」
え、それって、つまりは駆け落ち?そんな!国はどうなるの?無責任って言っていいのかな。これって不敬?
私が意見するのを迷っているうちに、話はもう先に進んでいた。
「シャザードがいなければ、北方は遅かれ早かれ破滅するわ。あのテロのせいで、国際社会から糾弾されているのよ。人質だった姉と姪も解放されたわ。でも、だからといって、今までの悪事を隠蔽できるわけない。愚かなこと」
昨日の今日で、もうそんな話に。シャザードの存在が、それだけ北方の要だったということ。
そして、私は納得した。みんな、私の蛮勇に興味津々だったのだと。
どこに手伝いに行っても、色々な人に手を握られる。シャザードに体当たりするなんて無謀な挑戦をしたから、それが面白いに違いない。
「じゃあ、戦争は回避できたってことですか?」
「ええ。だから大丈夫。婚約同盟なんて、もう必要ないのよ。父がアレコレ言ってくる前に、姉たちを保護しないといけないの。だから、私は急いでここを出るわ」
「そんなに急なんですね。殿下には……」
「アレクも知ってるから、問題ないわ。ただ、クララにだけは会っておきたかったの。みんなに、よろしく伝えてね」
「もう、お会いできないんですか?」
この王宮で頑張れたのは、王女様が優しくしてくれたから。殿下のことだって、素直になれたのは王女様の後押しがあったから。
涙ぐむ私を、王女様は優しく抱きしめてくれた。王女様はいつもいつも、私をこうやって抱きしめてくれた。
私は王女様が本当に好きだった。だから、殿下の正妃になる王女様に、嫉妬したことは一度もなかった。
「また会えるわよ。色々と辛い目に遭わせたり、わがままを言ってしまったりしたこと、どうか許してね。次に会うときは、主従関係じゃなくて友達よ」
そう言って微笑む王女様に、私はただコクコクと頷くしかできなかった。
そうして、レイ様に先を促され、王女様は風のように颯爽と、新しい未来へと旅立って行った。
風というか竜巻みたいだったと、私は不謹慎にもそう思った。