68. 一夜が明けて(アレクの視点)
この国にとって悪夢のような一夜が開けた。朝にはすでに、世界各国からの応援が駆けつけ、大量の救援物資が届いていた。
シャザードが北方に与していたことは、一般には知られていなかった。もちろん、その噂は漏れ聞こえていたはずだが、不適切な情報で人々を恐怖に陥れないように報道規制がされていたのだ。
レイの映像が流れたことで、人々はいかに北方が脅威だったかを、今更ながら悟ったらしい。
そのシャザードを倒したということで、私たちは英雄扱いされている。
見るものが見れば、誰の攻撃魔法が決め手なのかは分かる。だが、レイは意図的に自分とセシルの姿を消していた。改竄とまでは言わないが、いわゆる編集というのだろうか。
おかげで、あの対決を見た一般人は、私とクララがシャザードを倒したと勘違いしている。
その、なんと言うのか、愛の力が悪に勝った……とかなんとか、好きに解釈をして。
シャザードの最期に立ち会った証人として、クララの身の安全を確保する必要がある。世論は北方の横暴を糾弾し、出処が不確かな情報が交錯している。こんなときに巷に出れば、クララが大変な目に遭う。
そういう政治的な配慮で、私の部屋の近くにクララの部屋を用意させた。今夜からはこちらで休むように、侍女長に伝えておけばいい。
彼女は今、傷病宮で手伝いをしていると報告を受けた。カイルが護衛してくれているので、安心だ。
いや、あの二人は婚約しているのだから、私にとっては楽観はできないのだが。
「殿下。国王陛下からの伝言です」
「辺境で何かあったのか?」
すでに、隣国の援軍が到着している。シャザードを失った北方は、内部から総崩れしていると聞いていた。だが、もしや戦況に変化が?
「北方から、フローレス王女とその娘が、和平交渉の使者に立ったそうです」
「そうか。父上の見解は?」
「友好国の王女と姫です。使者として丁重に扱っております」
「隣国の宰相殿は?」
「すでに、辺境に入られました。王女との対面も果たしております」
「人質としていた王族を、国に戻すつもりなのだろう。少しでも悪評を払拭したいという魂胆か。無駄なことを。だが、セシルには朗報だな」
正式な宣戦布告をすることなく、テロという卑劣な手で他国の王族暗殺を企てたこと。それは世界中から激しく非難され、経済制裁の対象となる。
司令塔であり最高幹部であったシャザードを失った軍は内部分裂し、彼の絶対的な魔力で操作されていた魔術師の離反が相次いでいるという。
もはや、北方が好き勝手をできるような状況ではない。辺境から軍を引くのも、時間の問題だ。すぐに内政の危機に直面し、外へ討って出るような余裕はなくなるだろう。
万民平等という元首の理想を掲げた共和国は、こうした末路をたどることになった。
彼の考えは間違っていなかった。ただ、おそらくは早すぎた。まだ、その考えに、時代が追いついていなかったのだ。
「あの国は未熟すぎた。元首は担ぎ出されただけだ」
「死亡したのはシャザードのみです。とは言え、人々を危険に晒したのですから……」
「そうだな。上に立つものの責任がある」
テロの可能性を知っていて、婚約式を強行したのは私だ。辺境にいる父上を救いたいがために。
その私の判断にも、いずれは民の裁きが下るだろう。それが統治者としての正しいあり方だ。
「我が国は安泰です。国民全員が殿下と妃殿下の武勇に奮い立っています」
「いや、私とセシルは……」
「非公式ですが、クララ様にたくさんのプレゼントが届いております。国中の女性を虜にしたようですね。これではもう、隣国との婚姻同盟は無理でしょう。国民が納得しません」
私たちの会話を聞いていたのか、執務室中がうんうんと頷いている。レイが流した映像は、魔術師しか読み取れないもの。各国への連絡に使っただけなのでは?
「どういうことだ?なぜ、そんなことに……」
「ご存知なかったのですか?あちこちで魔術師たちが請われて再投影をしているんです。今朝の緊急体制解除の号外に、シャザードとの対決の様子が、魔術師たちの証言つきで載っているんです」
報道媒体か。たしかに、北方の暴挙とシャザードの死を知らせるには効率的だ。だが、情報に偏りがある。何か作為的な匂いがする。
「今は、そういう話はいい。明日には宰相殿が戻る。それまでに、王宮の被害状況の報告書を。今回のことがトラウマになってはいけない。招待客だけではなく、民の声も集めるように。それから、治安維持のために、王都には衛兵を増やす。無駄口をたたいている暇はない!」
強い口調でそう命令したのに、なぜか部下たちはニヤニヤと笑っている。何がそんなにおかしいんだ。私の顔に何か付いているのか?失礼なやつらだ。
そう思って鏡をのぞいて絶句した。なんだこれは。耳まで真っ赤じゃないか。なんでこんなことに。熱があるのかもしれない。
「悪いが、少し横にならせてくれ。具合が悪いようだ」
「ですから、休むように言ったでしょう。少し眠ってください」
「ああ、ありがとう。後を頼む」
先ほどは王女の部屋を訪ねたが、衛兵たちに追い払われた。そのまま戻ってきてしまったが、やはり自分の部屋で少し寝ておくほうがいいのかもしれない。
昼になれば、さすがにセシルも部屋から出てくるだろう。それまで、少しだけ部屋で冷静になろう。
クララを正妃にする。それには、セシルとの縁談を破棄しなくてはならない。もともと、この話は北方に対する対策だった。その北方の勢力が削がれた今、同盟は白紙に戻しても問題はない。
肩の荷が下りた気がした。ベッドに横たわると、猛烈な眠気に襲われた。私は少しだけ休むつもりで、目を閉じた。