67. 運命の英雄
会場から救助された後、ヘザーとローランドは集中治療室に入った。面会謝絶。絶対安静。今の私にできることはない。
聖堂には、まだ多くの人々が避難の順番を待っていた。聖女様が軽傷治療をして回っている。元気な人間の手はいくらあっても足りない。
「クララ、そこで待ってなさい」
入り口に私の姿を見つけると、侍女長様が声をかけてくれた。その側には、何人かの侍女仲間たちが忙しく立ち働いている。水やブランケットを配ったり、被害情報を詳しくカルテに書き出して回っているようだ。
「ヘザーの様子はどうでしたか?」
先に避難していた侍女長様は、私の無事を確かめるために会場に残ったヘザーとローランドを心配していたという。気になって会場に戻る途中で、担架で運ばれるヘザーとローランドに遭遇したのだった。
そのとき、殿下に私にそのまま侍女長と一緒に行動するように言った。でも、どうしてもと無理を言って、私はヘザーたちに付き添っていたのだ・
「一命は取り留めました。殿下の救命魔法のおかげだそうです」
「そうですか。よかった」
「すみません、私を助けたせいでヘザーが……」
侍女長様たちと一緒に逃げていれば、ヘザーもローランドも怪我をしたりはしなかった。間一髪で落下物を避けられていたはずなのに。
「誰のせいでもありませんよ。助かったのですから、それでいいのです。現場から救助された方々も、どんどん傷病宮へ搬送されています」
ずいぶんと怪我人が出ているらしい。私は気を引き締めて、侍女長様の命令を待った。
「クララはカイルの様子を見てきなさい。お身内はいないそうですから、婚約者のあなたが安否を確認するのです」
そうだった。カイルは魔法攻撃を受けて、気を失っていたんだった。偽装とは言え私は彼の婚約者。一番に気にかけるべき相手だったのに!
「分かりました。すぐに向かいます」
「侍女室で準備してから行くように。その格好では役に立ちません」
「承知しました」
カイルが用意してくれたドレスは、裾が裂けてボロボロだった。靴はすでに脱いでいて、裸足の上のストッキングが破れている。私は侍女服に着替えてから、カイルのいる傷病宮へ向かった。
傷病宮には、聖女様の力では癒しきれない傷を負った者たちが搬送されていた。それでも集中治療室ほどの重傷じゃない。回復薬の支給を待つ者や、医師の診察を終えて眠っている者もいる。
「クララ! こっちだ」
人ごみの中をフラフラとさまよっていた私に、カイルが呼びかけた。どうやら、カイルはすでに回復しているらしく、治癒魔法を使って怪我を治している。
「カイル、よかった。無事だったのね!」
「それはこっちのセリフだ。君はバカか? あんな無茶を!」
カイルの叱咤が飛ぶ。え、私、何かバカしたっけ? カイルとは会場で別れたきりで、今初めて会ったんだけど……。周囲の目を気にしてか、カイルは私を物陰に引っ張っていった。たしかに、ものすごく注目されている気がする。なんでだろう?
「焦げてるな。魔法攻撃か」
木の陰に入ると、カイルは髪に刺していた髪飾りを抜いた。それはカイルがくれた護身用の小刀で、アレク先輩からもらったペンダントがつけてあったものだ。
シャザードに体当たりしようとしたときに、ペンダントトップのアメジストは砕けてしまった。簪もハートの留め金も煤けているけれど、もらったものだから捨てないでいた。
「あ、うん。そうかな。よく覚えてないけど」
「あんなことをさせるために、これを渡したんじゃない。殿下の護符がなければ、危なかったんだぞ!」
あんなこと? 殿下の護符? え、何の話? カイルは何を言っているの? 頭の中が疑問符の嵐になっている私を見て、カイルは深いため息をつく。
「君って本当に……」
カイルがさっと手をかざすと、目の前に私の姿が現われた。え、透けてる。何これ魔法?
『殿下っ』
そう叫んでシャザードに突進するところから、殿下と抱き合うところまでのダイジェスト映像。え、え、ええええ! これは一体、何の冗談?
「カイル、これ……」
「見ただろう? 身代わりにアメジストが魔法攻撃を受けた。本当なら、砕け散るのは君の命だったんだ」
「え、そうなの? え、でも、なんでこれ……」
「殿下の護符を容認したのは正解だった。クララにはいくつ備えがあっても足りない。普通の婚約者なら、他の男からのプレゼントなんて身に付けさせない」
「え、カイル、知ってたの? なんで……」
「護符には付与した魔術師の魔力が残る。君はずっとそれをつけていたろう」
「うそ。じゃあ、魔力のある人はみんな知ってたってこと?」
「いや。ごく微細な魔力だ。だが、シャザードとレイ、あとは王女も気付いてた」
「王女様も? やだ、どうしよう……」
殿下の婚約者の前で、私はずっとこのペンダントを。そうか! だから、王女様は私の気持ちを知っていて、それで夜伽に行くようにと! 顔が火照る。あれはつまり、王女様の暴走じゃなくて、私の無意識の訴え! なのに、あんな風に突っぱねたりして、私って一体……。
「まあ、結果的にすべてがうまくいったし、もういい。ありがとう。君のおかげで助かった」
両手で顔を覆って悶える私の頭を、カイルがポンポンとたたく。私、何に感謝されてるの? どうしよう、あまりに色々あって、もう意味が分からない。
「そんなこと。私は何も……」
「世界を救ったろ。君は英雄だ」
「は? なんでそんなことに?」
「さっきの映像。あれが世界中に発信されてる。君はシャザードに立ち向かった勇敢な令嬢として、みなの感謝の的だ」
え。え。えええええ! あの映像って、殿下とのキスも? あれを世界中に? 衝撃の事実に腰が抜けて、私はその場にへたりこんだのだった。