66. 悪夢の後に(アレクの視点)
出席者の安否確認は、何時間も続いた。その間に、私は被害状況を確認し、国境の警備を強化させ、北方への抗議方法について協議する。
シャザードとの対決で、あれほど魔法と体力を消耗したのに、全く疲れを感じなかった。間違いなく、精神が興奮状態だったせいだ。
シャザードは死亡。命を魔力に変えて、それを使い果たした消滅死。レイの流した空間投影と、私の証言でそういう結論が出た。
嘘は言っていない、シャザードの、いや、あの黒魔術師の魔力は、あのとき消滅していた。
私がシャザードに会ったのは、共和国の元首の館で捕縛されたときだけ。魔法封じの鎖から感じた禍々しいオーラは、レイの攻撃がシャザードの心臓を貫いた直後に消えた。
その後に微かに別の魔力を感じたとしても、それは北方の侵略には関係がない。軍師であるシャザードはこの世を去った。もう北方の手には戻らない。それがすべてだ。
後のことは、弟子であるレイに任せればいい。シャザードは、セシルにとっては義兄。もし死んだのなら、姉に弔わせたいと思うことだろう。深く詮索する必要はない。
「聖堂の様子は?十分に手は足りているのか?」
「詳しいことは調査中です。すでに聖女様たちが手当てに回っています。医師らの応援も駆けつけました」
「父上……、国王陛下には?」
「連絡いたしました。殿下の無事に安堵されたと。テロの失敗発覚で、北方軍も混乱をきたしているそうです」
「そうか。父上もレイの映像を見たんだな」
この国の男子王族は、みな強い魔力を持つ。父上もレイからの信号を見逃すわけがない。クララが作った隙をついて、シャザードが討たれた様子を見たのだろう。
「宰相殿が早馬で発ったとのこと。1日半で到着するそうです」
「宰相が?ローランドのことを思えば、身内が近くにいてくれるのは心強いが……」
ヘザーほどではないにせよ、ローランドの傷は深い。もう命の危険はないが、父母が近くにいれば回復も早いだろう。心の強さが、命をつなぐ。
「北方との交渉に、彼なしで大丈夫なのか」
「ご心配には及びません。隣国から助っ人が来たと」
「隣国の……。国王陛下か?」
「いえ、宰相様だそうです。北方の代表から、仲裁役を依頼されたとかで」
セシルの姉フローレス王女の降嫁によって、隣国は北方の友好国。トリスタン元首は傀儡の代表だが、加害者としてテロの糾弾を受けることになるだろう。
彼が保身に走るとは思えない。おそらくは王女と娘の安全のため。罪のないものたちを巻き込まないために、隣国の宰相の知恵を借りることにしたのだろう。
隣国の宰相は、信頼に足る政治家だ。セシルのお墨付きもある。きっと無駄な犠牲を出すことなく、共にこの局面を乗り切ってくれるはずだ。
「わかった。みな、よく聞いてくれ」
敵は北方だけじゃない。この混乱に乗じて、別の勢力が王都を狙うかもしれない。
「テロの首謀者は、死亡した北方の軍師シャザード。彼の配下によって、魔法戦が勃発する可能性もある。それに備えて、国中の魔術師に緊急発令を」
「国民に非常事態宣言を流せ。灯りを消して、家から決して出ないように。地下室があるものは、そこに隠れろと触れを出せ」
「辺境から通過する街道の街の警備を強化。宰相の迎えに、精鋭部隊を出立される」
「国境の警備を強化する。駐屯地に伝令を出せ。不穏な動きは一つももらすな」
「離宮と聖堂へ人員を配置。全員の安否を確認するまで戻るな」
「国際連合へ救援声明を出す。近隣同盟国から王都の治安維持のための援軍を要請する」
ローランドなら、きっとこういう指示を出すだろう。私が彼から学んだことは多い。よき片腕でありライバルだ。これからも、ずっと彼とこの国を守る。
そのためにも、早く回復してほしい。ヘザーと共に。あの二人は、私とクララにとって、なによりも大切な友人なのだから。
会場を脱出した辺りで、迎えに来た侍女長にクララを託した。私の大切な女性として、安全を確保するようにと。
あれから一切の報告がない。ヘザーに付き添って、病棟にいるのだろうか。いや、聖堂にいるのかもしれない。
あの優しい子が、怪我人を放ってどこかに隠れるとは思えない。閉じ込めても、こっそり出てきてしまうだろう。それがクララだ。
か弱そうに見えて、しなやかで強い。しなる竹が折れないように、あの柔軟な心は決して失われない彼女の力だ。心配することはない。
「尻に敷かれそうだな」
「は?何かおっしゃいましたか」
「いや、なんでもない」
クララのことは、すべてが片付いてからにしよう。もう、何も気にすることはない。私たちの前には、共に過ごす無限の未来が広がっているのだから。
翌朝になって、ようやく出席者全員の所在が確認され、命に関わる怪我人はないと判明した。
それと同時に、私は自然と執務室のソファーに倒れ込んだ。あまりの安堵で気が緩んで、急にどっと疲れを感じた結果だった。
側近たちは心配して、強制的に私を執務室から追い出した。だから、私は少し休憩をとることになった。
まずは、セシルの様子を確かめよう。そう思ったが、なぜか衛兵たちに阻止された。
どうやら、テロの直後から、セシルはレイと部屋に籠もっているらしい。周囲には強力な結界が張られていて、誰も近づけないようだ。
出てきたらどうからかってやろうか。そう思うと、私は自然と笑顔になった。
こんな楽しい気分は久しぶりだった。