表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/88

65. 愛は勝つ(アレクの視点)

 抱き合うセシルとレイの横をすり抜けて、私はクララへ駆け寄った。


 クララは目の前で起こった光景に、ただ呆然と立ちすくんでいた。よほど怖かったのだろう。私が抱き寄せると、ふっと力を抜いて体を預けてきた。


「クララ。無事でよかった」

「殿下も」


 震えるクララを、私は強く抱きしめた。腕の中に感じる体温。クララは生きている。彼女を守ってくれたもの全てに感謝した。


「シャザードは、死んだのですか?」


 私の腕を解くと、クララは倒れているジャザ―ドのほうを見て言った。周囲には血溜まりができている。

 レイがシャザードの胸に手を置いて、瞼を閉じてやっているようだった。少しだけ震えるその肩に、セシルがそっと寄り添っていた。


 シャザードはレイの師匠。西の賢者の弟子だった。かつては、同じ志を持った者。

 なぜ、袂を分かつことになったのか、詳しいことは聞いていない。だが、共に過ごした時間には、その死を惜しむ価値はあったのだろう。


「クララ、見なくていい。君には、こんな血生臭い世界を見せたくないんだ」


 私がそう言うと、クララは首を振ってこう答えた。


「殿下の見るものなら、私は何でも見たいです。殿下の聞くものを聞いて、殿下が感じることを感じて。殿下と同じことを知りたいんです」

「クララ……」

「大丈夫です。私、案外図太いんですよ!先輩は……、アレク先輩なら、知ってますよね? だから、多少のことでは、へこたれません!」


 知っている。彼女が、いつでもどこでも頑張ってきたことを。

 なかなか馴染めない学園でも、無理難題を吹っかける王女の侍女職でも。いつも無理をしながら、それでも前を向いて努力していた。


「そうだね。知ってる。君はずっと頑張ってた」

「でしょう?だから、王宮暮らしにも、割とすぐ慣れると思うんです」


 君は王宮を出て、もう戻ってこないはずだろう。カイルと婚約を……。


 そう言おうとしたとき、クララは笑ってこう言った。


「先輩は、心配性なんですよ!自分がぬくぬく育ったからって、私まで真綿に包むみたいに扱わなくてもいいんです。私は野生児ですからね!もし、王宮で誰かに意地悪されたら、ちゃんと顔パンチしますから!」


 王宮で顔パンチ! 私は思わず笑ってしまった。そんな私を、クララは嬉しそうに見ていた。


 クララは何があっても変わらない。ずっと太陽のように、明るく輝くだけだ。この子の伸びやかな気質は、きっと生涯、損なわれることはない。


 クララは私の手を取って、真っ直ぐにこちらを見つめた。その目は真剣そのものだった。


「だから、私を、殿下の後宮に入れてください。辛いことなんてないですよ。絶対に大丈夫!だって、殿下が側にいるんでしょう? 手のかかるご主人さまのお世話は、忙しくて面白くって、きっといつもいつも笑ってばかりいると思うの」

「クララ、それは……」

「私を側室にしてください。絶対に殿下を、笑顔にして差し上げますから!」


 そういって、クララは満面の笑みをうかべた。そんな彼女を、抱きしめずにはいられなかった。

 私が馬鹿だった。彼女を手放すことなんてできない。私の選択は間違っていたんだ。

 クララは、私の命。何があっても、彼女となら生き延びられる。生き残ることを諦めないでいられる。生きて戦い抜く力が持てる。


 生きること。それが勝つこと。死んでしまえば、戦うこともできない。

 彼女がいなかったら、私は自分の命に執着しなかった。命を惜しまないものが、命を守れるわけがない。


 王族に必要なのは、命を捨てる覚悟ではない。愛するもののために生き延びたいという、命に対する執着だ。それが大事なものを守る力になる。


 私たちはそのまま口付けを交わした。それはお互いがお互いを求めることを確認するような、深い愛の証だった。もう誰にも、私たちを引き離すことはできない。


 そして、それはセシルとレイも同じだったと。愛し合う者たちを別つのは、死のみ。それでいい。それでいいんだ。


 レイの空間投影で、世界中にシャザードの最期が伝えられた。シャザードにとどめを刺したのはレイ。見るものが見れば、それは明白だ。

 なのに、なぜか私とクララばかりをクローズアップした映像が、繰り返し放たれる。

 編集……ではなく演出?どうしてそんなことを。何か余計な意図を感じる。


 シャザード体の消滅と共に、レイとセシルも転移魔法で消えた。おそらく何かを企んでいるんだろう。

 だが、今はそれを確かめているときじゃない。彼らには、彼らの事情がある。私とクララに、私たち二人の世界があるように。


「先輩!ヘザーとローランドが怪我をしているの。カイルもよ。すぐに助けないと!」


 クララの案内で、私たちは二人の元へ急いだ。しっかりと手を握り合う二人は、もう意識はなかった。だが、まだ息がある。


 救命魔法をかけてから、出口を塞ぐ落下物を取り除いた。外側には私が魔伝で呼び寄せた救護員たちが待機していて、ローランドとヘザーを担架に乗せて運んでいった。

 現場の救護と敵の身柄拘束のために、騎士や兵士が会場に入っていく。カイルも彼らに無事に救助された。


 けが人は多数出たが、死亡者は北方の魔術師シャザードのみ。予定通りではなかったが、この夜をなんとか無事にやり遂げたと言っていいだろう。


 私はついに、王族の宿命に勝った。人として、幸福を望める人生を手に入れた。

 この世でたった一人の愛する女性と、生きる未来を勝ち取ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  今夜は婚約披露宴でしたねぇ?  つまり、ここでキスしていたカップルが婚約者だと世界中に通知したのよねぇ?(ゲスい笑い)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ