63. シャザードの襲撃 (アレクの視点)
婚約式は予定通りに進行している。いよいよ婚約宣言。これが無事が終われば、この同盟は契約として有効化され、魔法で全世界へと発信される。
来賓全員が定位置に戻った後、私はセシルの手を取って、壇上の中央にある玉座の前に移動した。二人の婚約と両国の同盟を公示するために。
声を上げようとした正にそのとき、微かな魔力の発動を感じた。
来る!
そう思った瞬間に、会場のいたるところから、いくつもの真っ赤な炎の帯が、ドーム状の天井へと駆け上がった。内側から爆発したかのようにガラスを突き破り、天井全体が会場に落ちてくる。会場に、爆発音と人々の悲鳴が轟いた。
降り注ぐガラスの破片と天井の落下を防ぐために、防御シールドを張る。ぎりぎりのところで持ちこたえているが、長くは持たない。
天井の崩壊によって、上空の結界が破られた。今なら、外部からの侵入が可能だ。
「みなをここから逃がせ!王宮から出ろ!」
シールドを維持したまま、衛兵や騎士たちに向かって叫ぶ。すでに、大勢の招待客が会場出口に殺到していた。人々はパニックになり、指示系統がうまく回らない。
散っていた側近と円卓の騎士、王女の部下が集まってきた。ローランドとヘザーもいる。
「殿下をお守りしろ!ヘザー、王女様を!」
ローランドの指示に呼応して、ヘザーがセシルの側へと走り寄る。円卓の騎士たちが守りを固め、侍女たちが王女かばうように取り囲む。
「避難指示を!みなを聖堂まで誘導しろ!そこから離宮へ逃せ!」
ローランドの指令で、みなが一斉に動く。次期宰相の器。ローランドの真価は、こういうときに発揮される。
「女性たちは避難を!ローランド、警護を!」
「すぐに!」
セシルを取り囲む侍女たちを、ローランドと数名の騎士が避難へと誘導する。今なら逃げられる。
私の魔法と騎士の剣、これでたいていの敵は防げる。だが、丸腰の女性たちを守りながらでは無理だ。
「セシルは残ってくれ。ここを離れるのは、逆に危険だ」
「分かっているわ。ローランド、この子たちを頼んだわよ。侍女長も一緒に行きなさい。これは命令です」
侍女長は気丈に、セシルの言葉に従った。
「私たちは足手まといです。自分の命を守ることだけを考えなさい。すぐに避難を。誘導をお願いいたします」
涙を流して王女を気遣う侍女たちを、ローランドと騎士たちが引きはがずように避難させていく。セシルはそれをほっとしたように見守っていた。
ローランドたちは、人が少ない非常口を目指して駆け出していた。専属の騎士の誘導で、王宮の隠し通路を使う気らしい。聖堂への抜け道もあるし、これで心配はない。
「セシル!こっちへ!」
セシルが私の防御魔法陣へ入ったとき、頭上に留まっていた落下物が左右の壁に打ち付けられ、壁にかけられた絵画ごとすべてがガラガラとなだれ落ちる。
張っていたシールドが、内側から破壊された。魔術師たちは自らの魔法が跳ね返り、その場に次々と倒れていく。
私はかろうじて、反転魔法の衝撃をかわしていた。セシルを守るために、予め自分の周囲に防御魔法陣を引いていたのが功を奏した。
いつの間にか姿を現した北方の兵士たちが、周囲から襲いかかってきた。騎士たちがそれに応戦している。加勢しようとした私をセシルが止めた。
その理由はすぐに判明した。激しい戦闘が繰り広げられる中、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男がいる。
黒いローブを着た男は、フードで顔を隠している。彼は私たちの前で、ピタリと歩を止めた。
「シャザードか」
私がそう問うと、男は口元を不敵な笑みで歪め、ゆっくりとフードを脱いだ。
共和国元首の私邸で、私を魔法封じの鎖につないだ男。会うのは二回目だ。黒魔術師。
「殿下、再びのご拝謁を賜り、恐悦至極に存じ上げます」
シャザードはうやうやしく膝を折って、異国風の挨拶をした。
「北方の望みは何だ。魔薬の実験体か」
「いいえ。そのお命です」
「どちらにせよ、渡すことはできない」
「では、奪うのみ」
北方の宣戦布告。そして、シャザードとの魔法戦の開始の合図。私を取り囲んでいた騎士たちが、一斉にシャザードに向かって剣を繰り出した。それに北方の兵士が応戦する。
『なぜこんなことをする。お前なら魔法で彼らを排除できるだろう』
セシルを後ろにかばいなら、私は魔伝でシャザードに問いかけた。
『こいつらは手柄がほしい。俗世の富など取るに足らぬものなのに』
私は黙って手のひらをかざし、魔法を発動させた。その瞬間、辺りが金色の光に包まれる。戦っていた騎士や兵士たち全員が弾き飛ばされて、床に叩きつけられた。
しばらく気を失うように力を加減したが、怪我を負ってしまったものもいるかもしれない。だが、それでも死ぬよりはマシだ。
「ほう?面白いことをするな。自分の部下もろともか」
「お前の狙いは私だろう?私を殺せば済む話だ。余計な時間をかける必要はない」
「ふん、まあいいだろう。いかにも王族らしい自己犠牲の精神は悪くない」
シャザードはニヤリと笑った。
北方だけを攻撃すれば、こちら側はシャザードの魔法に攻撃される。こうして敵味方の全員を排除すれば、シャザードは魔法を無駄には使ってこない。
結局、魔法というのは耐久戦だ。先に魔力が切れたほうが負けると、シャザードも承知している。
勝敗の行方は不明。だが、どういう結果になっても犠牲は少ないほうがいい。私一人の命と、何十人という騎士たちの命。どの命も同じ重さなら、失う数は少ないほうがいいに決まっている。
私は攻撃体勢をとって、シャザードと一対一の勝負に臨むことにした。