62. 必ず助ける
王女様と殿下が、壇上の中央に向かう。いよいよ、婚約が宣言される。私の幼い恋も終わり。
そう思ったとき、不思議な地響きが聞こえた。会場のいたるところから、火柱のような光の帯が駆け上がる。
まるで内側から爆発したかのように、光はドーム状のガラス天井を突き破った。大きな爆発音とともに、人々の悲鳴が上がる。
王太子婚約公示の華やかな場は、一瞬にして修羅場と化した。人々はパニックになり、出口に向かって殺到する。
混乱する会場の中で、私はカイルにしがみついた。カイルは右手を天にかざしている。落ちてくる天井を、魔法で支えているんだ!
逃げ惑う人々の中で、一人だけ逆方向にゆっくりと歩いてくる姿がある。あれは誰? あの黒いマントの男。どこかで見たことがある。
カイルは私を、自分の後ろに回した。そのフードで顔を隠した男は、私たちの前でピタリと止まる。
「何の用だ」
カイルがそう言うと、男は口元を不敵な笑みで歪め、ゆっくりとフードを脱いだ。
「久しぶりだな。こんなところにいたのか」
この声!果樹園で聞いた。じゃあ、この男がシャザード。北方の魔術師!
「この娘は関係ない。解放してくれ」
「関係ない?戯言だな。果樹園で見たときにすぐに分かった。この女は、宿命の巫女だろう」
「よせ!こいつは何も知らないんだ!」
なんの話?カイルは、この男と知り合いなの?ミコって何?
明かりがすべて消えて、辺りは暗闇に包まれた。でも、何かがおかしい。天井からは夕闇が見えるはずなのに、何も見えない。まるで、黒い箱に閉じ込められたみたいな。
「クララ!無事か?」
「早く!こっちよ!」
ヘザーの声が聞こえた。急に周囲が元の明るさに戻って、ヘザーの向こうに出口が見えた。ローランドが私の腕を引っ張っている。
「待ってローランド!黒い軍服の男よ!カイルが危ない!」
「なんだって?」
ローランドが会場を振り返ったとき、落雷のような光の衝撃が会場を走った。それに弾かれるように、頭上に浮いていた落下物が壁に打ち付けられる。
瓦礫やガラスが落ちてくる!あと少しで出口というところにいた私達は、その直撃を受けた。
「ローランド!あぶない!」
少し先を走っていたヘザーが身を翻した。そして、ローランドと私を、会場の中側へと突き飛ばす。
「ヘザー!」
私たちの上に、ガラスの破片や細かい石つぶが降り注いだ。ローランドは私をかばうように身を伏せる。一瞬、気を失ったのかもしれない。その数分間の記憶がない。
気が付いたときは、会場は静まっていた。私は身を起こすと、ローランドも私の上から身を離した。瓦礫に埋もれていたけれど、取り除けないほどじゃない。
「クララ。大丈夫か?」
「ええ、ローランドは?」
ローランドは額から血を流していた。右足には大きなガラスの破片がささっている。腱が切れているかもしれない。
でも、それよりも私たちの目を奪ったのは、少し離れた場所で大きな天井の梁の下敷きになったヘザーだった。私は急いでヘザーの元へ駆け寄った。
「ヘザー!ヘザー!しっかりして!」
必死で呼びかけると、ヘザーはうっすらと目を開けた。そして弱々しい声を出した。
「クララ、よかった。ローランドは、ローランドは無事?」
「安心して、無事よ!大丈夫、今、助けるからね!」
私は泣きながら、ヘザーを梁の下から引っ張り出そうとした。でも、身体が何かに引っかかっている。動かすことができない。
そうしていると、足を引きずるローランドが、たどりついた。
「ローランド、手を貸して!ヘザーが、ヘザーが!」
ヘザーは目を開けてローランドのほうを見た。ローランドは側に座ると、ヘザーの頬を優しく撫でる。
「僕らを庇って。お前はバカだな」
「よかった。無事でよかった。クララを連れて、ここから逃げて」
ローランドは、微笑んで首を振った。
「ここにいるよ。お前を置いてはいかない。僕はお前の、婚約者なんだから」
「だめよ。あんたは、クララを守らないと」
「分かってる。クララは無事に逃がすから。だから安心していい」
ローランドがヘザーの手を握ると、ヘザーは少し微笑んで、また目を閉じた。
ヘザーが意識を失ったのを見てから、ローランドは私のほうを見上げた。その足にはガラスが刺さったままだ。かなり出血しているように見える。
私は自分のドレスを割いて、ローランドの足を止血のために縛った。この怪我を放置すれば、ローランドの命も危険だ。
ローランドが、なだめるような優しい声で言った。
「クララ、僕らはここで救助を待つ。一人で先に逃げてくれ」
「いやよ!待ってて、カイルを呼んでくる!すぐ近くにいるはずよ」
会場は砂埃で視界が悪く、カイルの姿を見つけることはできなかった。灯りはすべて消えて、抜けた天井からの夕闇だけが頼りだ。
カイルのいた方へ戻ろうとする私を、ローランドが引き止めた。
「だめだ!そっちは危険だ!出口のほうへ行くんだ!」
すぐ側の出口には瓦礫が積り、ほんの少し残っている隙間から這い出すには、瓦礫を取り除く必要がある。私だけの力では、時間がかかり過ぎる。
今はそんな余裕はない。一刻を争う。しかも、ヘザーの上の梁は瓦礫の山の一部となっていて、私が登れば更に加重される危険もある。
「大丈夫。必ず助けを連れてくるから!それまで諦めないで!ヘザーを励まして!」
「クララ!だめだ!」
私はローランドの声を無視して、そのままモヤがかかったような会場の中へ入っていった。