58. 太陽のバラ(アレクの視点)
翌日は、抜けるような青空だった。冬の冷え込みはあるが、陽光を浴びると気持ちがいい。セシルのおかげで、久しぶりに眠れた。
朝早いうちに、側近たちを呼び出した。強い結界を何重にも張ってから、レイの情報を伝える。
これは想定内の事態。これだけ情報が漏洩しているのに、北方が手をこまねいて見ているだけのはずがない。
むしろ、今まで何もなかったのは、この計画のためだったと言える。
「式の会場で何かが起こる。テロの危険性もある。できるだけ警備を強化してほしい」
私がそう言うと、側近たちの間に張り詰めた空気が走った。ある程度は予測できたににしろ、確実な情報として伝えられたのだ。当然の反応だろう。
「招待客には女性もいます。今からでも、出席者を厳選し直すべきでは」
正当な意見だった。だが、私たちが急に予定を変更すれば、敵方にこちらの動きが知れる。それでは、この情報はなんの意味も持たなくなる。
北方は今回を見送って、必ず別の機会に仕掛けてくる。そして、それはいつなのかどこなのか、全く予想ができない。
「こちらに情報が漏れていると分かれば、敵は計画を中止する。そうなると、もう対策を取ることもできない。なんとか秘密裏に動いて、実行犯を捕らえてほしい」
側近たちは黙って聞いていた。さらに多くの民を巻き込まないために、この機会に徹底的に計画を潰す。
「標的は私だ。何があっても、私に狙いが定められるように誘導する。無関係なものたちは、その隙を見て逃がしてくれ」
議論している時間があれば、行動に移すほうがいい。私の警護には円卓の騎士がつき、招待客の警備には近衛兵が入る。外部には何も知らせないままで、私たちは見えない敵と対峙することになった。
それぞれの担当区域を決めて巡回し、異常がないか詳細に確認する。そう決定すると、側近たちは、すぐに行動を開始してくれた。
私はセシルの様子を見に行くことした。今日は休むべきだと主張したが、彼女はサロンで秘書たちと過ごしている。
「昨日の今日だ。大丈夫か?」
サロンの隣室に移動して、二人きりになってから私は口を開いた。セシルは気丈に微笑む。
私の前でも、弱音を吐いたりはしない。彼女の心に触れることができるのは、レイだけ。
「ありがとう。私は大丈夫よ。いいところに来てくれたわ。ヘザーに、ローランドへの伝言を頼んだの。明日のことで」
用件については言及していない。だが、これはクララのことだろう。
「ローランドはバラ園に来るわ。アレクからも、話をしておいてくれるかしら」
「ああ。色々と気を揉ませてすまない」
セシルは何も言わずに、私の腕をとんとんと叩いた。分かっている。逃げたりしない。
私はその足で、バラ園へと向かった。正面入口ではなく、地下通路を使って。
バラ園は王宮の権威を示すために作られたもので、クリスタル・パレスと呼ばれている。一年中薔薇が咲き乱れ、よい香りが充満している。
色とりどりの薔薇はどれも最高の技師に手入れされ、甲乙つけがたい美しさを放っていた。
ヘザーがローランドを連れて来たのは、私が到着したすぐ後だった。彼女はスカートをちょっとつまんでおじぎをすると、ローランドを残してすぐに出口のほうへ引き返していった。
「殿下。なぜこんな場所に」
「ローランド。薔薇を見立ててくれないか」
少し奥まった方へと、私はローランドを導いた。誰にも聞かれないように、強い結界を張る。
「お前なら、婚約者にどの薔薇を贈る?彼女に似合う薔薇を、教えてくれないか」
ローランドは少し考えてから、花弁が黄色から尖端のオレンジへとグラデーションする、香りのいい薔薇を選んだ。明るい太陽のような色。妻となり母となる女性によく似合う。
私は、鋏でその薔薇を一本刈り取った。棘を取ってから、ローランドに差し出す。
「これは、私からの婚約祝いだ。もらってほしい」
「ありがとうございます」
ローランドが薔薇を取ろうと伸ばした腕を、私はがグッと掴んで引き寄せた。
「殿下?どうされましたか」
「どうしても、今、言っておきたいことがある。クララのことだ」
「その件でしたら……」
「すまないが、黙って聞いてくれないか」
今しか、言うチャンスはない。ローランドの腕を掴む手に、私は力を込めた。
「シャザードが言うように、確かにクララは私の寝所に来た。だが、それは間違いで起こってしまったことで、私たちの間には、何もなかった。クララの名誉のために、それだけは信じてほしい」
ローランドは誤解していた。きちんと訂正しておきたい。クララの未来に影がさすようなことは、すべて排除する。
「私は彼女を愛している。それも本当だ」
今更だとは思うが、言葉に出したことはなかった。だが、私の気持ちが本物だと分かれば、私が嘘をつく必要がないことも分かる。
「私は自由に動ける身ではない。明日はお前がクララを守ってほしい。お前にしか頼めない」
私は頭を下げた。クララが無事ならば、それ以外のことはどうでもいい。囮は持ち場を動けない。クララを守れる立場でもない。
「承知いたしました。命に代えましても、必ず彼女をお守りいたします」
「頼む」
頼まれなくても、ローランドは身を呈してクララを守るだろう。それでも、どうしても自分の口から言いたかった。命を賭してクララを守りたいという気持ちは、私も同じだから。
「婚約おめでとう。君たちの幸せを祈る」
本心からの言葉だった。もしクララを守って幸せにしてくれるなら、それは私でなくともいい。私は本気でそう思っていた。