57. レイの情報(アレクの視点)
セシルが私の部屋に来たときは、すでに深夜を回っていた。私はまだ眠らずに、暖炉の側のソファーで書類に目を通しているところだった。
「お茶を、淹れるわね」
セシルは暖炉のお湯で、魔法茶を出してくれた。葉茶から立ち上る香りが、気持ちを落ち着かせてくれる。上等の魔法茶だ。
ちょうどいいタイミングで持ってきてくれたなと、そのときはそう思っただけだった。
眠るのは悪くない。ときには、幸せな夢を見ることもできる。だが、夢が明るく鮮やかであればあるほど、目が覚めて現実に戻ると辛い。いっそ眠らなかったほうがよかったと思えるほどに。
いつか、この現実に光を見出す日がくるのだろうか。
「レイから連絡があったの。ごめんなさい、知らせが遅れてしまって」
暖炉の側に立つセシルを見上げると、泣きはらしたような目をしていた。私は、それには触れないようにした。恋を失ってつらいのは、セシルも同じだ。そして、そのことに触れられたくないと思っているのも。
「レイは無事なのか?」
セシルが黙っているので、私はソファーを立って、セシルの側へと移動した。そして、彼女の小さな肩に手を置いた。セシルが手が私の肩に置かれる。
私たちは互いの手のぬくもりを感じながら、しばらく黙っていた。バカなことを聞いたかもしれない。レイが無事なら、セシルは泣いたりしない。
意を決したようにセシルが口を開くまで、部屋には薪が燃えるパチパチという音だけが聞こえていた。
「分からない。でも、手紙が来たの。私宛じゃなかったから、届くまで時間がかかってしまって。でも、あれはレイだわ。私には分かる」
私は黙って頷いた。セシルがレイの痕跡を見逃すはずはないのは、長い付き合いの私には分かっていた。彼らは一心同体だ。誰にも引き離せない絆がある。
「内容は普通の手紙。でも、私しか分からないように、レイは危険を知らせてきたの。自分だって危ないのに。そんな方法でしか、連絡が取れない状況なのに」
セシルが涙声になったので、私はその震える肩を抱き寄せた。こうすれば、セシルは私に涙を見られずに済む。私は共に立つ戦友に敬意を表したのだ。
しばらくすると、セシルは落ち着きを取り戻したように、私の胸をそっと押して、側から離れた。勇敢な私の婚約者は、今度は私のほうをまっすぐに見て話を続けた。
「王族暗殺計画があるらしいの。婚約式にテロが」
そういう可能性は、あると思っていた。そのために警護を強化し、各方面に調査を走らせていた。だが、その情報は一切つかめていない。
「婚約式まで時間がない。失敗すれば、辺境にいる父上たちが危ない。国境が崩れれば、北方は一気に王都に押し寄せるだろう。それを回避するために、なんとしても援軍が必要だ。迷う余地はないんだ」
「分かっているわ!でも、ターゲットは王族よ。あなたに何かあったら……」
「それは君も同じだろう。君に何かあったら、レイに申し訳が立たない」
私はセシルの手を取った。ひんやりと冷たい手の感触が、愛しい人のそれを思い出させる。ほんの少しの間だけ、私の心は安らかになった。
「大丈夫だ。私たちはこんなところで挫けるために、今まで戦ってきたわけじゃない。だが、当日は私の側を離れないでほしい。レイの代わりに、君を守ってみせる。何が何でも生き抜くんだ。それがレイの望みだろう」
レイを思い出したのか、セシルが私の手をぎゅっと握り返してきた。
「ありがとう。そうね。やり遂げてみせるわ。何があっても」
私は黙って頷いた。私たちにはもう選択肢はない。選んだ道を突き進むしかないのだ。その道でしか、罪なき民を犠牲にせずに済む方法はないのだから。
「信頼できるものだけには、このことを知らせたいの。式の警護は万全だと思うけど、計画があると分かれば、対策も取りやすくなるわ」
「そうだな。みなには申し訳ないが、このまま続行で行く」
方針が決まって安心したのか、セシルが魔法茶を淹れ直してくれた。眠れるとしたら今夜が最後だろう。私にとってもみなにとっても。
朝まで、もうそれほど時間は残っていない。今、部下を叩き起こしたところで、できることは限られている。襲撃の件は明日の朝一番で伝えるべきだと判断し、セシルにもそれを承諾させた。
魔法茶が効く前にセシルを部屋まで送ろうとすると、あっさりと断られた。
「今夜は私が、隣室に待機するわ。だから、少しは眠ってちょうだい。そんなフラフラでは、私を守れないわよ」
悪戯っぽく言う彼女に、私は苦笑した。たしかにそうだ。今はできるだけ体力を温存すべきだ。余計なことを考えるときではない。ありがたく申し出を受けることにした。
この部屋の結界に、セシルが更に自分の結界を重ねる。ここは、何重もの守りが施されている王宮の中で一番安全な場所。それなのに、セシルが近くにいてくれることが、何よりも心強かった。
私は一人じゃない。一緒にいてくれる妃がいる。それは大きな支えだった。魔法茶はよく効いて、ベッドに入ると、私はすぐに微睡んだ。