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55. 多大な誤解

「来て良かったわ。後は私に任せて」


 異様にウキウキするヘザーに、非常に危険な匂いがする。でも、カイルのおかげで、嘘がバレなかった。助かった……のかな?


「王女様にきちんと伝えておくから。驚くと思うけど」


 とりあえず、この場はカイルに合わせるしかない。私は冷や汗をかきながら、なんとか適当に相槌を打った。


「クララを、よろしくお願いします」

「こちらこそ。これからも仲良くしてやってください」


 紳士らしく頭を下げるカイルと、美しい所作で淑女の礼を取るヘザー。ウソ臭い。完璧過ぎる二人の様子が、いかにも茶番の証だ。

 優しく私の肩を抱くカイルを、そっと盗み見る。なんか違う!現実とは思えない。


「大丈夫?」


 突然カイルの両手が、私の頬を包む。驚いて息を飲むと、カイルの顔が近づいてきた。ぎゃー、キスされる!


「やっぱり熱がある」


 カイルは額で私の熱を測り、そのまま私を横抱きにした。えええええええ!


「危ないから暴れないで」

「だ、大丈夫だから。お、重いし、は、恥ずかしいので……!」


 お姫様抱っこは、これで二回目。市場の路地では重いと文句言われた。なのに、今日のカイルは微笑むだけ。なんなの、この変貌振り!不気味じゃない?


「僕は君の婚約者だから、別に恥ずかしくはない」


 は?それはヘザーの前だけの嘘でしょ?っていうか、嘘でも本当でも、普通に恥ずかしいよ!なんで、そんな平気な顔してるの?変でしょ、絶対に!

 もしかして、これって夢?ああ、そっか。寝不足だったから、私、寝ちゃったんだ!夢の中で寝ると、実際には目覚めるって聞いたことある!よし、寝よう!


 緊張もついに限界を超え、私はヤケになってカイルの腕の中で目を閉じた。


「お嬢様!クララ様!起きてください!」


 マリエルの声。私、家に帰ってきたんだ。やっぱり夢だった!寝ぼけ眼の私を、呆れ顔で見つめるのは、たしかにメイドのマリエルだ。でも、ここは私の部屋じゃない。


「マリエル?なんでここに?」

「もうっ!お昼寝には遅いし、就寝には早すぎます!自堕落な生活をしていると、婚約者様に愛想尽かされますよっ!まんまと結婚するまで、少しは猫かぶっていただかないと!」

「なんか、状況がよく分かんないだけど……」


 マリエルがやれやれとばかりに、大きなため息をついた。


「ヘザー様が、男爵家へいらしたんですよ。それで、私をこちらへ派遣してくださいましたの」


 私のことは、王宮から連絡が行っていた。でも、ヘザーから直接様子を聞けば、お父様も安心しただろう。さすがヘザーだわ。気が利く!


「で、こちらに到着したら、お熱を出したって。心配したのに、当人はグースカ寝ていて!」


 あ、そうか。熱があるって、カイルが言ってたっけ。え、じゃ、あれは現実?


「完璧に知恵熱ですね!お子様には、刺激が強すぎたんですわ」

「え?ちょっ。どういうこと?」


 マリエルはヘザーから、あることないこと全て聞いていた。ものすごく得意げに、鼻息荒く語ってくれる。


「婚約者様の寝室で寝てるし、客人の前でキスしちゃうし。そりゃ、熱も出ますわよ」


 ぎゃー。キスって、そう言い方しないでよ!ほっぺに!ほっぺに、チュっだよ。今どき、お子様だってもっと……って、え、じゃ、あれはやっぱり現実?


 ヘザーもマリエルも、私とカイルが相思相愛と思っているらしい。確かに強烈な隠れ蓑になった気はする。でも、いいの?カイルに、多大な迷惑がかるんじゃ?

 とっさの機転にしては、婚約者のふりなんてやりすぎだ。カイルのためにも、ここはきちんと訂正しておかないと!


「マリエル、あのね。えーと、婚約っていうのは、なんか、ヘザーがローランドのことで色々と誤解していたから、たぶん、カイルは助け舟を……」


 ヘザーを納得させるためとはいえ、咄嗟にカイルの名前が出るなんて!だって、他に男の知り合いなんていないんだもの。モテない女は、こういうときに辛い。チョイスなし!


 でも、カイルには、ずっと前から知っているような、不思議な心地よさがある。ローランドがやんちゃな弟なら、カイルは物静かな兄という感じ?


「ヘザー様の婚約のことは知ってますわ。だから、カイル様がローランド様を殴ってくれて、なんだかスッとしましたもの!」

「え?カイルがなんで、ローランドを?」


 マリエルは、またもやあきれた風にため息をついてから、一気にまくし立てた。


「当然ですわ!許婚だったクララ様から、あっさりヘザー様に鞍替えなさったんですよ!誰だって、節操がないって怒るでしょうよ」


 え、そんなこと、どうでもいいのに。だって、許婚なんて、親の冗談みたいなものだし。


「まさか。そんなことで殴ったりなんか。あの二人は……」

「カイル様の気持ち、分からないんですか?ほんっと、お嬢様は鈍感!」


 どういうこと?あ、そうか!元彼ローランドが女子と婚約したから、カイルは怒って殴ったんだ!嫉妬!

 その腹いせに、自分も女子と婚約しようと? つまり、女なら誰でもよかったってことだ。うん、納得!


 マリエルは私のドレスの着付けをしながら、まだ鈍感うんぬんと文句を言っている。見損なわないでもらいたい。私だってちゃんと色々と理解してる。


 カイルに会ったら、失恋を慰めてあげよう!もちろん、偽装婚約者でもなんでも引き受ける!カイルにはすごくお世話になっているんだし、私ができることはそれくらいしかない。


 カイルが落ち着いた頃に、ちゃっと婚約を解消してあげればいい。幸せなローランドを見れば、カイルも諦めて祝福できるはず。だって、カイル、いい人だもん。


 そう思いながらなにげなく鏡を見ると、見たことのないような大人の女性が立っていた。カイルが選んだ、ベルベット紫のドレス。私がまるで私じゃないように見える。でも、見覚えのある誰か。


 私はしばらく、鏡に映る誰かの姿を見つめていた。

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