48. 殿下の真実
気がついたときは、ベッドの上だった。あたりを見回すと、ベッドサイドの椅子に座ったまま、目を閉じている王女様が目に入った。
「王女様?」
私の声を聞いて、王女様はゆっくりと目を開いた。そして、起き上がった私を見て、椅子から跳ね起きる。
「クララ!よかった!気がついたのね。ごめんなさい、怖い目に合わせてしまって!」
私を抱きしめて、涙声で謝罪を繰り返す王女様。その背中をとんとんとさすりながら、私は北方の襲撃を思い出していた。
そうか、私たちは攫われそうになったんだ。
「ローランドは、無事ですか?」
「もちろん無事よ!無傷だったわ。あなたが気を失ったのと同時に、一緒に魔法で避難してきたわ」
「魔法?それは、あの旅の方の?」
黒マントの旅の魔道士様。あの人が助けてくれたんだ!
「そうよ。気付かなかった?あれはレイよ。北方を追ってたの」
王女様は優しく微笑んだ。その瞳が少し陰ったように見える。
「知りませんでした。レイ様を巻き込んでしまって、申し訳ありません」
「いいえ。責任は私にあるの。レイは主の失敗をフォローしただけ。それにたぶん、領内に北方が入った気配を感じて、探索に出ていたのよ。だから、あそこにいたのも偶然じゃないの。あなたが気にすることはないわ」
「あの、レイ様はどちらに?お礼を言いたいのですが」
「レイは旅に出たの。しばらく帰らないけれど、その気持ちは伝えておくわ」
王女様は、少し目を伏せて、そう答えた。
「そうですか。あの、ローランドは?」
「政務に戻ってもらっているの。忙しいから、当分は会えないと思うわ。今回のことで婚約同盟の披露を早めることにしたのよ。それより、お腹すいたでしょう?何か食べましょう!」
食べ物の話を聞いて、お腹がぐうっと鳴った。正直なお腹の虫が恥ずかしい。
起き上がれるというのに、王女様はベッドで食事を摂るようきつく命令する。すでに外は暗くなっていて、軽い夜食が運ばれてきた。
食事は侍女長様が持って来てくれた。彼女の顔を見るとホッとする。母が生きていたら、こんな感じだったのかなと思う。
食後の紅茶を飲み終えたとき、王女様が言いにくそうに話を切り出した。
「私のせいでひどい目に遭ったわね」
聞き違い? 王女様のせいって、何の話?
「アレクの夜伽を命ずるなんて。私が浅はかだったの」
「あの軍服の男が言ったことですか?側室とか言ってましたけど」
どの国も、ガセネタを掴まされるってあるんだ。スクープも裏取りができなければ、意味がない。新聞記者志望のヘザーが聞いたら、鼻で笑うと思う。
「どこからどう情報が漏洩したのかは、調査中よ。でも事の真偽はどうあれ、あなたがここにいると、困ったことになるの」
「後宮に入ったと、誤解されるってことですか?」
実家には王女様の書簡が届いていた。私たち王女付侍女が王宮に戻る道は二つ。側室候補として後宮に入るか、秘書として異動希望を出すか。
殿下に振られた身では、当然ながら後宮入りはない。かと言って、私は秘書になれるほど賢くもない。
だから、侍女職を辞めることになると思っていた。役立たずも甚だしい。
王女様は眉間を指で押さえて、ふうっとため息をついた。
「みなに逃げ道を作ったつもりだったのよ。なのに、貴方だけ逆に追い込んでしまった。ごめんなさい」
「そんな!謝ったりしないでください。偽情報に惑わされる他国が愚かなんです」
立ち上がった王女様は、暖炉の上に置いてあった書類の束を取った。そして、ペラペラと紙をめくって、あの軍服の男が言った言葉を読み上げた。
『王太子ご寵愛の令嬢。王太子のただ一人の愛妾』
あのときは、考える余裕なんてなかったけれど、改めて聞くとすごく恥ずかしいことを言われていた。頬がカーっと熱くなる。
「この情報の間違いは一つだけ。『愛妾』のところよ」
は?この言葉は間違いだらけ……と言うか、すべて間違いですよね?
「アレクはあなたを愛している。彼が愛しているのは、あなただけよ」
突拍子もない話に、驚いて王女様を見上げた。すると王女様はそっと私の手を握る。
「気がついていたでしょう?愛しているからこそ、アレクはあなたを危険に晒したくなくて、だからあなたを拒んだのよ。こういうことが起こるって、分かっていたから」
「それは、何かの勘違いじゃ……」
王女様は首を振った、そして握った手に力を込める。
「アレクはあなたを、側室になんてできないわ。北方のことがなければ、正妃にしたかったはずだもの。本当に愛する女性に、妾としての日陰の人生を望んだりしない」
殿下は私を傷つけたくないと言った。それは、私を大切に思っているから、突き放したってこと?
みるみる涙が溢れてくる。目を閉じると、優しく微笑むアレク先輩の姿が浮かんだ。大好きだった笑顔だ。
泣きじゃくる私を、王女はそっと抱きしめてくれた。
「すぐに王宮を出ます。私はここにいちゃいけない」
その言葉を聞いた王女様は、私を抱きしめていた腕を解いた。
「ごめんなさい。でも、どうしても婚姻同盟は必要なの。たくさんの命がかかっているのよ。もし失敗したら、アレクの治世どころか、国の存亡にも関わってくるの」
「はい」
王女様は何度も謝ってくれた。自分だって、この同盟のために愛を諦めたのに。
私のためを思ってくれる。とても優しい人。この人なら、きっと殿下のよい妃になる。私が心配することはない。
「今からアレクがここに来るわ。最後にきちんとけじめをつけてほしいの」
私は黙って頷いた。きちんと気持ちを伝えて別れることが、私の誠意だと思う。
部屋から出ていく王女様を見送りながら、私はその後ろ姿に頭を下げた。