47. 騎士になりたい(アレクの視点)
とにかく落ち着かなくては。私はローランドに背を向けた。ローランドは起き上がって、そのままその場に跪いた。
「申し訳ありません。ですが、誓ってそれ以上のことはしておりません。クララは潔白です。殿下の側室として、なんの恥じるところもない」
何を言っている? 私とクララはそんな関係じゃない。私がそうなることを拒んだ。彼女を追い返したのは、この私だ。
「クララが、そう言ったのか?私の側室だと」
「いえ」
「なのに、そう信じたのか」
ローランドは答えなかった。信じたくないこと。それをも受け入れることで、クララを守ろうとしている。
ローランドは、クララのためになら、なんでもする。今回のように、命さえも投げ出して。
そうだ、ローランドを責める権利はない。私はクララへの恋心を捨てた。それに、こんなことになったのも、すべては私が彼女を愛したせい。
「お咎めは私一人に。お願いいたします」
彼女が愛妾でも側室でもないことは、誰よりも私が知っている。ローランドが咎められる言われはない。
それでも、女性を力でねじ伏せるような真似は、見過ごすことはできない。それを愛とは言わせない。男の醜いエゴだ。
「学園パーティーの晩、お前はクララを守ると宣言したな。これがお前の愛なのか?」
「どうか、私に罰を」
ローランドは、ただクララのためだけに、処罰を求めている。私は、この男にはどうしたって敵わない。
私には、好きな女のために、命を賭ける自由すらない。どんなにクララを愛していても。
せめて、潔く負けを認めることが、私の誇りとなる。
「この件については、北方が片付いてからにしよう。今は、お前の手腕が必要だ。着替えたら執務室に戻ってくれ」
ローランドは一瞬、目を見張った。けれど、私が差し出した手を取って立ち上がる。
「承知いたしました。寛大な措置に感謝いたします」
私はローランドの手をグッと握った。クララには、この手が必要だ。
「レイの加勢があったとはいえ、シャザードに対峙して無傷とはたいしたものだ。クララをよく守ってくれた」
「恐れ入ります」
「だが、クララはしばらくこちらで預かる」
「心得ております」
いつからか、セシルが戻ってきていた。ローランドが部屋を出ていくとき、彼女はこう言った。
「ごめんなさい。私のせいなの。誰も責めないでやって」
セシルがそう言うと、ローランドは微かに首を振ってから、深く頭を下げた。そして、そのまま何も言わずに退室していった。
私はそれを黙って見送ってから、ベッドで眠るクララに視線を移した。
「王宮の結界を調べさせているわ。すぐに結果は出ると思うけれど……」
「分かった」
クララのさらさらとした前髪を払った私を見て、セシルは私の側に立った。
「クララが無事でよかった。レイが戻ったら、褒美をあげなくちゃね」
「そうだな」
北方の動きを察知したレイの働きがなければ、ローランドは殺されて、クララは人質となっていたかもしれない。
強力な結界が張ってある王宮に、二人も転移魔法で送り込んできた。こんな芸当ができるのは、世界広しと言えどもレイを含めてほんの数人の魔術師だけ。
他には、たとえばシャザードのような。彼なら、この王宮に入り込める。
「ローランドにもよ。レイが加勢するまで持ちこたえたのは、彼の力だわ」
「そうだな」
ローランドはそれこそ捨て身で、盾になる覚悟だったんだろう。でなければ、クララは奪われていたはずだ。
「クララを王宮に入れたのは、私の間違いだったわ。本当にごめんなさい」
セシルを責める気はない。彼女なりに、私のことを考えてくれた結果だ。
「こうなったら、すぐにローランドと結婚させるべきよ」
「それはダメだ」
思わずこぼれ出た本音に、私は自分の耳を疑った。だが、今はクララをローランドに委ねたくない。
それを聞いて、セシルは駄々っ子をあやすような口調で言葉を続けた。
「貴方の寵愛が彼女にないと、広く知らしめることが重要なのよ。分かるでしょう? 私たちの婚約式を急ぐのと同時に、クララを遠ざける必要があるの」
「分かっている。だが、すまない。今は……」
セシルは、ふうっとため息をついた。そして微かに微笑んだ。
「残念ね。平和なときだったら、彼女を正妃にできたでしょうに。でも、あれは良くなかったわ。ローランドは、絶対に誤解したわよ」
ローランドは、クララを私の側室だと思い込んでいる。それなら、それでいい。そう思ってわざと否定をしなかった。意図的に情報を操作したのは私だった。
クララのことは、セシルに一任することにする。クララが王宮に戻ったことが知れれば、側室としての扱いを受けるかもしれない。セシルはそれを危惧していて、その事態だけは回避するよう動くと言った。それでいい。
執務室に戻るとき、カイルとすれ違った。私は目で頼むと合図をし、カイルはそれに黙礼で答えた。
もし生まれ変われるのなら、今度は王族ではなく騎士になりたい。愛する女を守るために。私は心から、カイルをうらやましいと思っていた。