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44. ローランドと格闘技

 先輩に失恋した夜、私はものすごく落ち込んだ。振られたことは想定内だったけれど、自分のしたことが恥ずかしすぎる。

 どこまで身の程知らずなのか!もう、先輩というか、殿下に顔を合わせられない。


「何もなかったんだ。気にすることはない」


 カイルはそう言って、私を励ましてくれた。王宮でも、変わらず私の味方をしてくれる。


 ローランドも、相変わらずいい友達だ。この幼馴染は、私が落ち込んでいるときに限って、外へ連れ出してくれる。恐ろしく勘がいい。

 休暇で家に戻った私を、公爵家の果樹園へと誘ってくれた。


 天気は快晴。ローランドはいつもの毒舌。私をおちょくって遊ぶのが趣味だと思う。でも、たぶんこれが、ローランド流の励まし方だ。


「お前、顔テラテラしてっぞ?化粧、濃い!」

「りんごより顔赤いけど、なんか下心あんの?」


 ちょっとひどくない?悪気はないと知らなかったら、一発おみまいしてやりたい。さすがの私もイラっとする。


 いや、ダメダメ。マイペースなローランド相手には、怒っても無駄なんだから!

 とりあえず深呼吸を繰り返して、私は落ち着こうと頑張った。その努力の賜物で、馬車での移動は平穏だ。


 そう思っていたのに、見慣れた風景に差し掛かったところで、すこし大きめのカーブが来た。

 うわっ!椅子からずり落ちる!


 つり革をつかもうと思ったら、うっかりローランドの膝の上に尻もちをついてしまった。また、ローランドにバカにされる!

 そう思ったのに、ローランドは笑って支えてくれただけだった。


「ばーか、危ないだろ。しっかりつかまってろよ」

「あ、ありがとう」


 これだから、ローランドは憎めない。チャラチャラ軽い男だけど、それなりに紳士なのだ。


 だけど、こんなにぎっちり押さえ込む必要ある?なぜかローランドが羽交い締めをしてくるので、私は息ができなくなった。


 ぐ、る、じ、い……。


 涙目でローランドを見上げる。何考えてるの?格闘技?


 すると、ローランドが私の頬に両手を添えた。反則技だ。首を絞めるつもり?馬車が止まって御者が到着を告げなかったら、命が危険だった!


 ローランドが私を解放したので、やっと息ができた。窒息するかと思った。苦しかった!


 Sだとは思っていたけど、まさかの暴力男?非常に危険だわ。もし、そういう性癖があるなら、ヘザーに報告しなくっちゃ!

 幼馴染が人としての道を外さないよう、私たちがしっかり調教……じゃなくて、教育しなくちゃいけないものね!


 酸欠でドキドキする胸を押さえて、私は浅い呼吸を繰り返した。ローランドは椅子にふんぞり返っている。いちいち態度がでかい!


 か弱い女子に格闘技を仕掛けるとか、悪趣味にもほどがある!いくら小さい頃に私が、ローランドに護身術の練習と偽って、技をかけまくったからといっても! 負けたことを、いつまでも根に持たれるのは心外だ。


 憤慨してはいたけれど、私はとりあえずは淑女らしく、呼吸を整えてから馬車を降りた。


 そして、外の陽気に触れて、思わず感嘆の声を上げてしまった。


「うわあ!あったかーい!」


 果樹園の中は温室効果魔法が効いていて、初夏のような爽やかな気候だった。たくさんのりんごがたわわに実り、足元からは綺麗に刈り取られた芝生のいい匂いがした。


 その景色の美しさに、ローランドの暴力疑惑のことなんて、すっかり記憶の彼方に吹き飛んでしまった。


 私は靴を脱いで裸足になり、やわらかい芝生の感触を楽しんだ。なぜか私は、子供のころからここが大好きで、収穫の季節はいつも入り浸りだった。

 りんごはそのまま食べても、パイやジャムにしても美味しい。特にアップルサイダーという発泡酒の味には、なぜかとても懐かしい気持ちがする。


 ローランドは、政務で相当疲れているんだろう。いつものようにブランケットに寝転がって、そのまま目を閉じてしまった。

 はいはい。りんご収穫は私に任せるってことね。しょうがないなあ。ローランドの分も摘んでこよう。


 籠がりんごでいっぱいになってから、私はローランドの隣に座った。ローランドが、眠そうな顔で目を開ける。

 こういう無防備な表情は、かわいかった昔のままだ。私は小さなローランドを思い出して、思わず微笑んだ。


「今年もすごくいいりんごができたね!本当に食べごろだよ!」


 ローランドにりんごを一つ差し出し、自分でも一つ手に取って匂いを嗅いだ。そして、甘いりんごにかぶりつく。瑞々しいりんごから甘い汁が溢れて、顔中に飛び散った。


「お前、口の周りベタベタにして、子供かよ?」


 二口目を食べようと大口をあけたとき、ローランドが私の顎をペロッとなめた。


 は、はい?何するの?


 ローランドの意表をついた行動に動揺したところで、私は寝技をかけられた。いいかげんにしてよ!まだ格闘技ごっこする気?


 さて、今度こそ殴ろうか……と思ったところで、ローランドはいきなり、私の頬や瞼、額や顎をなめた。


「甘いな。本当に食べごろだ」


 犬? 人の顔に飛んだ果汁をなめるとか、ありえないでしょ?未婚の乙女に、こんなことするやつがどこにいる!私もなめられたもんだ。いや、本当になめられている。


 私が驚きで声も出ないのをいいことに、ローランドはさらなる陽動作戦に出た。言葉で動揺を誘う気だ。負けず嫌いにも程がある。

 いくら負けたくないと言っても、卑怯な手を使うのはダメだ!それでも弓道選手?スポーツマンシップはどうしたの?


「今夜は、俺の部屋に泊まってけよ」


 ……殺す!私は拳を握りしめた。


 でも、このローランドのおふざけのおかげで、そのとき私は殿下のことをすっかり忘れていたのだった。

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[一言]  クララ…残念な子…(T_T)
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