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43. 王女の恋 (アレクの視点)

 レイの格好を一目見て、セシルは声を張り上げた。


「レイ! どういうこと? どこへ行くつもりなの!」


 レイは綻びた魔道士のマントを羽織っていた。側には、バックパックと魔道士の杖が置いてある。

 だが、何よりも顕著だったのは、彼が持つ高位魔術師のオーラ。それが、すっかり消されていたことだ。


「北へ潜入します。うまく運べば、内側から揺さぶれる」


 私たちの前に跪いたレイの顔は、フードの隠れて見えない。しかし、その声はとても静かで、そして断固としていた。


「死ぬ気なの?あなたの仕事は、私を守ることでしょう!それを放棄することは許しません!」


 レイとは対照的に、セシルはかなり取り乱している。そんな彼女を諭すように、レイはゆっくりと言葉を繋いだ。


「私の務めは、王女を守ること。ここでは、殿下が貴方を守ってくださいます。私は別のやり方で、王女を守りたいのです。私だけができる方法で」

「私がここにいるのは、お前を死なせないためよ!同盟で戦いを回避できれば、血を流さずに済む。なのに、私がここにいるから、安心して死地に赴けると言うの? あまりにもひどい仕打ちだわ!私は一体何のために……」


 両手で顔を覆って咽び泣くセシルに、レイは立ち上がってそっとその手を取った。そして、そのまままた跪く。


「王女の心は、存じています。だからこそ、行かせてください。貴方が私を守るように、私も貴方を守る。共に戦います。決して一人にはしない」


 セシルを見上げるレイの目は、深い愛に満ちていた。そこには死への怖れは微塵もない。自分の思いを全うできることへの希望の光があるだけ。


「ひどい人」


 セシルはしばらく泣いていたが、やがて泣き止んで一言だけそう言った。それを聞いて、レイは微笑んだ。


「王女、私を騎士に任命してください。まだ、正式な誓いは立てていない。出立の(はなむけ)に、儀式を賜りたく」


 その様子を見て、私はその場を去ることにした。愛し合う二人の邪魔をしたくない。


 だが、レイがそれを止めた。


「殿下に、証人として立ち会っていただきたいのです。どうか。私の最後の願いです」


 そう言われてしまっては、断ることはできない。私は少し離れた位置から、息を詰めて儀式の様子を見守った。


 騎士の宣誓。問答形式で行われるそれは、騎士の覚悟を確かめる儀式。

 やがてセシルは、短剣を鞘から抜いて、高く掲げた。それをレイの両肩に当てる。


「わが主君に、永遠の忠誠を」


 レイがそう言うと、セシルは彼の鼻先に剣を向けた。レイがその刃に接吻し、短剣は騎士の証として、レイに下賜される。


 騎士の儀式は滞りなく終了した。


 二人が抱き合ったのを見て、私は彼らに背中を向けて目を閉じた。


 私たち王族は、人生に選択権すらない。運命に翻弄される使命を背負って生まれた。それはまるで呪い。逃げることはできない。


 しばらくして、レイが私に向かって言った。


「殿下、お時間をいただき、感謝しております」


 私は振り返って右手を差し出し、レイに握手を求めた。私たちは、たった今から戦友として、共に戦っていくのだから。

 レイは少し戸惑い、それでも私の手を強く握った。 


「セシルのことは心配ない。私が必ず守ると誓おう」


 その言葉を聞いて、レイは安堵したように頷いた。そんな私たちを、セシルはどこか遠いものでも見るように見つめていた。


 だが、レイが彼女を振り返ったその瞬間、セシルは満面の笑みをうかべた。

 セシルを美しいとは思っている。だが、こんなに神々しいと思ったのは初めてだった。それくらいに、見るものの心を奪う笑顔。


 そして、セシルの笑顔に、レイもやはり幸せそうな笑顔を返した。愛する者に見せる最後の自分が、今までで一番幸せな笑顔であるようにと?


 そんな二人の想いが伝わり、胸が強く締め付けられた。私は最期のときに、クララにこんな笑顔を向けることができるだろうか。


「今は、これまで」


 レイはマントを翻した。そして、そのまま一度も振り返ることなく、礼拝堂から出ていった。

 セシルはそれを見送った後、しばらく固まったように動かなかった。


 やがて彼女は、気を取り直したかのように、祭壇に向かって祈りをささげた。神に祈る横顔は聖母のような慈愛に満ち、彼女を包む静謐な空気は私を圧倒した。


 彼女は生まれながら王の器を持ち、それを全うする意思がある。なぜか、そう思った。


「アレク、ありがとう」


 私のほうを見ずに、セシルはそうつぶやいた。私は二人のために、何もできなかった。ただ傍観していただけだ。無力な自分には、感謝される謂れなどない。

 だが、そう言ったところで、何が変わることもない。私は何も答えず、祈るセシルのそばに佇んでいた。


 しばらくして、セシルは立ち上がり、僕のほうを振り返った。その顔からは、すでに憂いの痕跡は消えていた。憑き物が落ちたような、とても清々しい姿だ。


「執務室に戻りましょう。私たちには、私たちの戦い方があるわ。あなたが戦友でよかった。レイは……いえ、民はみな、私たちが守る」


 私はただ頷くしかできなかった。セシルからは王者のオーラのような金色の光がさしている気がした。


 勝利の女神。彼女がいれば私たちは負けない、何があっても勝ち抜ける。

 そう確信したのは、まさにその瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >私は最期のときに、クララにこんな笑顔を向けることができるだろうか えっ。 だってアレク、クララを自分のものにするつもりはないって言ったじゃん。 なんで最期にクララと会える気でいるん…
[一言]  セシルの決意に対して、アレクは覚悟もなくて情けないなぁ。
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