37. 王女の告白
王女付の侍女として、王宮に出仕する。進路決定。無事に就職できて良かった……とは思えない。本当はかなり不安がある。
でも、だからって、カイルにまで頼ろうとするのは間違い。一方的に守ってもらおうなんて、虫が良すぎる話だった。世の中、そんなに甘くない。
初仕事は、お茶会でのガールズトーク。話し相手として呼ばれたのだから、当然と言えば当然だ。
侍女は六人。みな面識はある。無難な人選。有力な重臣の娘はいないし、性格も控えめでおとなしい子ばかり。なんというか地味……じゃなく色気がない?
「みなさん、緊張しないで。早く仲良くなりたいわ」
王女様は、緊張する私たちにお茶をすすめる。王宮のお菓子は、見た目も味も素晴らしい。甘いもののおかげで、次第にリラックスしてきた気がする、たぶん。
「そうだわ!恋バナっていうのでしょう?好きな殿方のことを話すの。あれをしましょうよ!」
王女様は初日からグイグイ飛ばしている。すごくテンションが高い。
「みなさんの恋のお話、聞かせてちょうだい!」
恋。好きな人。絶対に人に言ってはダメだ。特に王女様には。
「いきなり言われても困るかしら。そうね、じゃあ、まずは婚約者のお話を聞かせて?」
やった!婚約者のいない私の番は後回し!これなら、他の子の話を聞きながら、なんとかごまかせるかも!
「王女様にお仕えできることを、喜んでくださいました。しっかりとお勤めを果たすようにと」
「でも、王宮に入ったら、お休みまで会えないわ。寂しがっていない?」
「私がいなくても、あまり気にされないと思います」
王女様は「ふうん」と頷いた。親の決めた婚約者との関係は、あまり興味を引く内容じゃなかったらしい。王女様は次の子に質問する。
「あなたは?恋人はいないの?憧れの人は?」
「まだ良くわからなくて。婚約者となる方に、恋をしたいと願っていますの」
「どうせ結婚するんだから、恋愛もその方としたいってこと?」
「はい。恋をしたことがないので」
王女様は、少し考えるように首を傾げた。ここにいる子たちは、恋においては奥手ばかり。そもそも、ターゲット層が間違ってる。
恋愛の面白い話は、百戦錬磨のぷりぷり令嬢たちのお得意だ。ここにいる地味ぃずは管轄外。
「そうね。たいていは政略結婚をするんですもの。夫に恋をしたいというのは、とても分別があるわ」
ここは、恋愛経験皆無な感じの女子グループ。うっとりと憧れを口にする子もいる。
「王女様は、恋愛結婚でいらっしゃるのでしょう?素敵だわ」
「殿下と本当にお似合いですわ」
その通りだと思う。なのに、なぜか胃がキリキリと痛む。お菓子の食べ過ぎで、胃酸過多なんて恥ずかしい。甘いものは控えるべきだった。
「私たちは政略結婚よ。王族の宿命ね。愛する人とは添えないの」
殿下は婚約者を好いていたはず。王女様も殿下を好きなんじゃ……。
「殿下を……、愛していないんですか?」
素朴な疑問が声に出てしまった!ヘザーがすかさずフォローを入れてくれる。
「王女様は、一般論をおっしゃったのよ。政略結婚でも、愛し合う夫婦はたくさんいるわ」
確かにそう。愛しい婚約者のため、殿下は熱心に閨教育を受けていたんだもの。
「クララは、どうなの?ローランドとは」
やっぱりカップル扱いされている!夜会の装いが、誤解されてしまった。どうしよう。
「彼は幼馴染です。正式な許婚ではなくて……」
お互いに婚約者がいない者同士。便宜上のパートナー。本当にただの喧嘩友達なのに。
「そう?ローランドは、かなりご執心に見えたけど?ねえ、ヘザー?」
いきなり王女様に同意を求められて、ヘザーはちょっとだけ肩を揺らした。会話中に別のことを考えていた?そんなこと、ヘザーにはものすごく珍しい。
「クララは本当に鈍くて。振り回される殿方が不憫ですわ」
私はそんなに鈍くない!それに、殿方って誰の話よ?
「まあ。じゃあ、ローランド贔屓のヘザーは、さぞヤキモキするでしょうね」
王女様が意味深な視線をヘザーに投げた。ヘザーは顔を真っ赤にしている。
「いえ、私は別になんとも!彼はただの友人ですから」
あれ?ヘザーの好きな人って、ローランドなの?
よく考えれば、思い当たることがある。ヘザーはいつも、ローランドを一番に見つける。どこにいても誰といても。誰よりも先に。
でも、なんで言ってくれなかったんだろう。別に隠す理由なんてないのに。
「ローランドは、単なる幼馴染よ。クララも知ってるでしょ?」
それだけなら、そんなに赤くならないよね。なんか違う。でも、私にだって言えない気持ちがある。親友だからって、根掘り葉掘り聞くべきじゃない。
しかも、ローランドはカイルと破局したばかり。そんな彼に、私は許婚扱いされている。ヘザーが打ち明けにくいのは当たり前だ。
そのとき、王女がパンパンと手を叩いた。
「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわ」
ヘザーの恋については、沈黙を守る。それが暗黙の了解となった。
王女様がそっと立ち上がったので、私たちもマナーに従って一斉に席を立つ。隣に座るヘザーの手を、王女様はしっかり握りしめた。
「私の配慮が足りなかったわ。お詫びに、私の秘密を教えてさしあげる」
侍女には守秘義務がある。王宮で聞いたことは他言無用。秘密は墓場まで持っていく必要がある。それなのに、わざわざ念を押すなんて、どんな秘密?
「私には、他に愛する人がいるの。身も心もその方に捧げているわ」
あまりにも衝撃的な告白だった。王女様には、秘密の恋人がいる。そして、もうその方とは結ばれている!
「だから、アレクには側室が必要なの。心からアレクを愛してくださる方が」
王女様がお茶会を解散にするまで、誰も言葉を発することすらできなかった。