36. 私の騎士
「クララ。くれぐれも余計なことは言わないように」
「お父様ったら。もう子どもじゃないのよ。そんなこと分かっているわ」
ローランドからの連絡を受けて、お父様は領地から急いで戻ってきてくれた。侍女職の宣下を受けるために、私たちは王宮に向かっている。
「ローランドは反対していたが、お前にはいい行儀見習いになるだろう」
お父様はそう言って、私を王宮に出仕させることに決めた。なんとなく腑に落ちない。
まるで、私に王宮の躾が必要みたいじゃないの!これでも、私は立派な淑女。いつまでも、子供の頃みたいにお転婆じゃないのに。
王宮について馬車を下りると、騎士団が迎えてくれた。見知った顔もいるけれど、基本的にはよく知らない人ばかり。学園でも騎士科は棟が違ったし、交流なんて全くなかったから。
でも、カイルを見つけられた。よかった。知ってる人がいた!
父と私は応接室に通され、殿下と王女様を待つ。国王陛下と宰相様は、まだ北方外交で不在。代理として侍女宣下をするのは、殿下の役目だ。
「クララ!もっと姿勢を低く!」
お父様に注意されて、私は膝を深く折った。ちょっとプルプルと足が震えてしまう。この体勢、辛い……。
スルスルと衣擦れの音がして、王女様が入ってくる。少し遅れて、殿下も。
「よく来てくださったわ。顔をあげて!楽にしてちょうだい」
王女様は相変わらず、小鳥がさえずるような可愛らしい声で言った。
「王女の希望とはいえ、急なことですまなかった」
聞き慣れた優しい声。なんだか、涙が出そう。
王女様が喜んだら、殿下もきっと嬉しいはず。このお役目で、私も殿下の役に立てる! 頑張れる!
「とんでもございません。娘は未熟者でごさいますが、何かのお役に立てますでしょうか。父としては心配で」
お父様はとても恐縮している。こんなとぼけた娘が、王宮で上手くやっていけるのか? 珍獣扱いされるのでは? どうせ、そんなことを思っているんだろう。
「クララのことは、私にまかせて。いいお友達になれると思うわ」
「もったいないお言葉でございます」
王女様の弾んだ声に、父が深く頭をさげた。私もそれに倣って、急いで頭をさげる。
「さ、詳しい手続きのことは、殿方にまかせて。私たちは、もう行きましょう!他の方々も集まってきているの! お茶会にしましょうよ」
お父様に、行っていいと目で合図された。ただし、かなり不安を抱いているように見える。私が何かしでかさないか、相当心配なんだと思う。
でも、たぶん大丈夫。私だって被れる猫を飼っている。いざとなれば、ヘザーもいる。
王女様と護衛の騎士に従って、応接室を後にした。
ちょうど廊下を曲がったところで、カイルがこちらに歩いてくるのが見えた。
カイルは少し先で立ち止まると、その場でさっと跪いた。
「ハミルトン伯爵と妹のヘザー殿がお見えです」
王女様はヘザーを迎えに戻ると言う。私の手を取って、カイルへと差し出した
「クララ、カイルに王宮を案内してもらって」
カイルは私の手をとると、真っ直ぐと王女様を見つめた。こんな美貌の王女様の前でも、カイルの無愛想は崩れない。すごい。
「お任せください」
王女様は護衛の騎士と共に、応接室のほうへと引き返していく。私はカイルに手を取られたまま、王女に頭を下げた。
「なんでこんなことになったんだ?」
王女様が完全に去ってしまってから、カイルは私の両肩を掴んでそう言った。驚いて顔をあげると、カイルの真剣な顔にぶつかった。
「なんでここにいるんだ。今すぐに屋敷へ帰れ!仮病でもなんでも使って」
訳が分からない。いつも冷静なカイルが、こんな風に取り乱したのを初めて見た。
侍女仕えができないほど、私が馬鹿だと思っている?そう思うと、だんだんと腹が立ってきた。
こんな風に怒られる理由はない。私が望んで来たわけじゃないのに!
「そんなの無理よ。王命には逆らえない」
私は少し自暴自棄になって、吐き捨て気味に言った。だって、しょうがないじゃない!
「ここに、あんたにできることがあるのか?見た目は華やかでも、陰謀や策略が渦巻く闇だ」
ちょっとひどいと思う。私だって仕事くらい覚えられるし、責任を持って頑張れる。王宮が甘くないところだって、ちゃんと知ってるつもり。
「大丈夫よ。何とかなるわ」
それでも、カイルは引かない。
「危険なんだよ。自分で自分を守れない、あんたのような女が来るところじゃない!」
「じゃあ、カイルが守れば? 騎士はそのためにいるんでしょ」
売り言葉に買い言葉。でも、いつかどこかで、同じ言葉を言った気がした。いつだったか、どこだったか。
なぜか分からないけれど、私のその言葉を聞いて、カイルはひどく驚いた顔をした。私の肩を掴んでいた手に力が入る。
ああ、そうだ。次にカイルが口にする言葉は……。
「守りきれる自信がない。頼むから逃げてくれ。手遅れにならないうちに」
同じような会話を聞いたことがある。小説の中? そうか! 『真実の愛』だ。でも、あれは作り話。現実の話じゃないのに。
現実と虚構の間で、私は迷子になったような気分だった。