35. カイルの気持ち(アレクの視点)
「クララの騎士は、カイル、あなたにお願いするわ」
侍女に専属の護衛をつける。北方に王女を差し出している隣国に対して、反感を持つ貴族も多い。侍女を王女側の人間として、不当な行為に及ぶ者がいないとは限らないからと。
今まで王宮から遠ざけていた、年頃の未婚令嬢たち。セシルの懸念も分かるので、この件は了承した。
だが、クララの専属騎士だけを、私の部屋に呼ぶのはなんのためだ。カイルが私の直属の部下だからか?
セシルの考えることは、本当に理解できない。
「心得ました」
その言葉とは裏腹に、快諾とは言いがたい態度。カイルは、政局に携わる円卓の騎士だ。侍女の護衛など、職務分掌外も甚だしい。
カイルの不機嫌な様子が気に障ったのか、セシルがこっちを睨んでくる。助け舟を出せということか?
だが、何をどう言えばいい。カイルの不満は、当然のものだ。
「クララには、朝晩の寝室の世話をしてもらうわ。人の少ない時間帯だから、くれぐれも間違いなどないように。しっかり警護をお願いね」
「御意」
やはり嫌がらせだったのか!クララが私の部屋に出入りするだけでも、こっちは冷や汗ものなのに。寝具を取り替えさせるなど、恥ずかしすぎるだろう。
臭いと思われたら、どうしてくれる気だ。
カイルも私を睨んでいる。だが、これは不可抗力だ。ここで口を出そうものなら、セシルが更に余計なことを言い出す。
この王女には、つける薬はない。
カイルが下がった後、侍女長が人事異動書類を持ってきた。セシルは有無を言わせずに、私にサインを強要する。
一体、どちらがこの国の王族なのか。これでは立場があべこべだ。
セシルが退室したのを見計らったかのように、カイルが戻ってきた。
「どうかしたか?」
「クララを、侍女の役目から外すことはできませんか」
「専属騎士を辞退したい……という話じゃないのか。警護など、円卓の騎士の仕事じゃない」
「私のことはいいのです。王女に仕えるには、彼女は純粋過ぎる。どこかで、心のバランスを崩します」
魑魅魍魎が蠢く場所。それが王宮だ。
確かに、クララの心は清らかすぎる。ときにはそれが、内側から毒として彼女を蝕むかもしれない。
「分かっている」
「では、すぐに命令を取り消してください」
そう詰め寄るカイルを前に、私は目をつぶって思案する。だが、どう考えても、王女の決定は撤回できない。
それに、安全が保証できるまでは、クララには私の目の届く場所にいてほしい。
「今は無理だ。王女の顔を潰すことはできない」
「そんなもの。クララを巻き込む価値はない」
そんなもの……か。セシルをそう評せるのは、おそらくこの男だけだろう。
カイルが珍しく声を荒らげている。物静かな彼が、こんな風に意見をしてきたことはない。
まさか、カイルも……。
「すまない。だが情勢不安の中だ。王女との関係が強固であることを、内外に示さなくてはならない。セシルの意見は私の意見。蟻の穴から城は崩れる。お前も分かるだろう?」
「それは、殿下の本心ですか」
「そうだ」
これは国のため。クララを囲おうという下心はない。永遠に手元に置きたいという邪心もない。
ただ、無事な姿を眺めることができればいい。
「クララを、側室にする気ですか」
「それはない」
この質問に関しては即答できる。私の心は決まっているから。クララを妾になどするものか。
無意識なのか、カイルは私の腕を掴んでいた。学園にいるときですら、彼に詰め寄られたことはなかった。
カイルは、本気でクララを心配している。友達だから? 本当に、それだけなのだろうか。
「私を信じてくれ。それだけは絶対にない。何があっても、それだけは阻止する」
「殿下は、クララを愛しています。それなのに、絶対に彼女を望まないと、なぜ言い切れるのです! 今のうちに手放すべきだ」
私はカイルの手を腕から外し、彼の肩に手を乗せた。カイルらしくない言動。話し合うなら、落ち着いてからのほうがいい。
「信じてもらうしかない。命をかけて、クララを側室にはしないと誓う」
「筋が通りません。側室にしないなら、なぜクララをそばに置くのですか」
自分の気持ちを正直に言わなければ、カイルに対してフェアじゃない。そう確信した。
「クララの安全のためだ。私の想い人として、北方に利用される危険がある。王女の侍女ならば、公的機関をつかって警護できる。婚約が正式に公表されるまでだ。それまで耐えてほしい」
「警護なら私がします。円卓の騎士を辞しても」
「クララと共に王宮を去ると? カイル、お前もクララを……」
私の言葉に、カイルは黙り込んだ。やはり、そうだったのか。お前も私と同じく、叶わない恋に悩んでいた。
それならば、私と同じ気持ちで、クララを守ってくれるだろう。私の代わりに、己の全てをかけて。
「お前にしか、任せられない。頼む、ここでクララを守ってやってくれ。何かあれば、私が責任を取る」
私はカイルの両肩を掴んで、そっと頭を下げた。私たちの望みは同じ。クララの安全と幸福だ。
「承知いたしました」
「何をしてもいい。お前が信じる方法で、クララに最善を尽くしてほしい。それが私の望みだ」
カイルは深呼吸をしてから、深々と頭を下げた。そして、そのまま部屋を出ていった。
クララのいる場所に向かう後ろ姿が、私にはただ羨ましかった。