33. サプライズ
王宮のビュッフェは最高。でも、コルセットがきつくて、あまり食べられない。残念。お持ち帰りはできないかな。犬はいないけど、「ドギー・バッグ」ってことでダメ?
しかも、デザートも素晴らしい。甘いものは別腹。もっと食べたい。全種類、持ち帰りたい。
あ、これは意地汚いからじゃないのよ! 私みたいな繊細で敏感な人間は、ストレスを感じやすいもの。解消に甘い物が必要なの。
私はスイーツをドシドシ食べながら、小説『真実の愛』について語るヘザーに、適当に相槌を打っていた。
ローランドは、いつものようにモテまくっている。私も通常運転で、それを放置中。偽装パートナー臭がプンプンするけど、別に気にする人もいないし。
がっつり食べたから、もう帰りたいな……と思ったとき、突然、王女様の来室が伝えられた。
王女様が次に現れるのは、夜会のはずだった。殿下のエスコートで入場するのが、通常コース。その王女様が、飛び入り参加風に「非公式」で、この控室に入ってきた。従えているのは、他国の騎士のみ。殿下は側にいない。
王女様は軽やかな足取りで、会場を歩き回っていた。緊張する貴族の子女に、次々とにこやかに話しかけている。
「綺麗なアクセサリーね。どちらでお求めになったの?」
「みなさんは、お友達のグループかしら?」
「この国の今年の流行は何ですの?」
王女様は相手の興味に合わせて、上手く会話を引き出す質問をしている。美しいだけじゃなく、頭もいい方なんだ。
それに引き換え、令嬢たちの慌てぶりは滑稽。みな、伯爵家以上の子女。王女様と親しくなれれば、実家や婚家が政局で有利な位置に立てる。
必死になって、歓心を買おうと頑張っているけど、ゴマすりも過ぎると、スマートには見えない。
そんなこと言ってるけど、私だって内心は焦っている。こういう駆け引きのようなことは苦手。ここは黙ってやりすごそう。
そう思って、ヘザーの袖を引っ張った。それが、運悪く王女様の目に止まってしまったようだ。
「こんばんは。何を話してらっしゃったの?」
王女様は甘い香りを漂わせて、とても気さくに話しかけてきた。それに対して、ヘザーは物怖じをすることなく、優雅に返答する。
「読書の話を。今、王都では『真実の愛』という本が流行っておりますので」
「まあ。私も大好きなのよ。うれしいわ。ここへ来る馬車の中でも読んできたの」
王女様は、嬉しそうに答えた。隣国からは、馬車で結構な距離。早朝に到着したなら、夜通し走って来たのかも。
「王女様、お疲れではありませんか」
私の脈略のない問いに、王女様は不思議そうな顔をした。どうしよう、全然関係ないことを言ってしまった? ここはスマートに、当たり障りのない話をすべきだった。会話のマナー、ぶち壊し!
「いえ、あの。馬車は揺れますし、読書をすると酔ってしまうかと……」
失敗を取り繕おうとしたら、逆にドツボにハマってしまった。私のバカ!
オロオロする私に、王女様はにっこり笑って、優しい声でこう言った。
「ありがとう。馬車には魔法がかけてあって、揺れないようになっていたの」
それはそうだ。王女様の馬車と私が乗る馬車とは、当たり前に性能が違う。王女様とは、住む世界が違うのに、何を知ったふうなことを。私ってばもうっ!
恥ずかしさで落ち込んでいると、王女はふふふっと楽しそうに笑った。
「私たちは魔法があって幸運ね。『真実の愛』の世界には魔法がないわ。恋の逃避行はとても大変そう」
「私もそう思いますわ」
私の失敗をカバーしながら、ヘザーは上手く話を合わせてくれた。
「あなたはどう思う?」
急に意見を求められて、私は困ってしまった。最新刊はまだ読んでいない。でも、あの小説に漂う切ない思いに、いつも胸が苦しくなる。まるで、忘れたい記憶を、目の前に突きつけられるような感覚。
なぜか無意識に、感想が口をついて出てしまった。
「悲しい話です。主人公の王子は、国のために全てを諦めた」
立場ゆえに、自由に生きられない王族。『真実の愛』は、国の運命に弄ばれる恋人たちの物語。
急に胸に熱いものがこみ上げ、頬に涙が走ったのを感じた。なにこれ。どうして涙なんか!
王女様は、訳も分からず泣いている私の背中を、ポンポンと叩いてくれた。
私は頭を深く下げて、非礼の謝罪をする。
「申し訳ありませんっ。つい感情的になってしまって」
王女様はやさしくほほえんで、私の手を取った。その手は、とてもあたたかい。姉がいたらこんな感じなのかもしれない。
「気にしないで。大好きな物語を、いろいろな角度から語れるのは楽しいわ」
そして、王女様はローランドを振り返った。遠くで女子に囲まれていたローランドは、いつの間にか近くに立っていた。
「クララとヘザーを、私付きの侍女に。明日にでも、王宮へ出仕してちょうだい」
ヘザーの兄、伯爵がそれを承諾すると、ローランドも一緒に頭をさげた。この状況では、断ることは無理。
でも、ローランドは「男爵の許可を得られましたら」と、一応は助け舟を出してくれた。
「嬉しいわ。他にも何人か、仕えてほしい方々を選んだのよ。正式な発令は、殿下の承認を得てから。お楽しみにね」
そう言い残して、王女様は春風のように去っていった。反対に、私とヘザーは呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
「お前、王女様に何を話したんだよ」
急にローランドに腕を捕まれ、私はひゃっと声をあげた。伯爵もその横で、私たちを心配そうに見ている。
「本の話だよね?」
私は間の抜けた声で返事をし、ヘザーのほうを見た。
「そうね。クララの感想が、王女様のお気に召したの。すごいわね」
自分も同じ立場なのに、ヘザーはものすごく他人事のようなコメントをした。なんだか、狐につままれたような気分だ。
ローランドに強く掴まれた腕の痛みだけが、これが現実に起こったことだと語っていた。