32. ヘザーのコネ
謁見が終わると、夜会まで待機。それぞれに割り当てられた控室で、立食の夕食が振る舞われる。
私たちが通されたのは、伯爵家以上の令嬢が集められた部屋。王女様の話し相手や直属の侍女になれる家格。
私は男爵家なので、家格としてはこのカテゴリーには属さない。たぶん、パートナーの筆頭公爵家ローランドを、下の階級と混ぜられないという配慮。
どっちにしろ、こういうグループ分けは珍しい。子爵以下は王宮に呼ばれることはないから。
今回は王女様の希望で、家格よりも年齢を重視した結果だそうだ。
「クララ、昨日は大丈夫だった?」
ヘザーが私を見つけて、駆け寄って来た。
軽くスカートをつまんで膝を折り、彼女の隣にいる伯爵様に挨拶をする。ヘザーの家は、歳の離れた兄が伯爵位を継いでいる。妹の親友である私に、軽く微笑んでくれた。
「うん。ごめんね。ちょっと飲みすぎたかな」
伯爵がローランドと話を始めたので、私たちは飲み物のあるテーブルに移動した。
昨夜のうちに、私は殿下との……、いえ、アレク先輩との交流のことを、あらいざらいヘザーに白状させられていた。
そんなの、お酒の力が必要。だから、かなりワインを飲んだ。飲みまくった。そして、フラフラになって帰途についたのだった。
「無事でよかったわ。クララってば、本当に飲み過ぎだったわよ」
「うん」
「ローランドにも怒られたんでしょ」
「まあね」
ダンスの後、テラスでローランドにガッツリ怒られた。殿下には婚約者がいるから、好きになっても無駄だって。なんでそんなこと。好きとか言ってないのに!
すごい勢いだったので、慣れている私でもちょっと怖いくらいだった。あわや乱闘の危機?
でも、そのことをヘザーには話してない。力ずくで……なんてバレたら、ローランドが血を見ることになる。
ヘザーは、私に対してやたらに過保護。そして、ローランドに関しては、不必要なほどに厳しい。
もし知ったら、王宮までローランドを追いかけて、叱り飛ばしていたと思う。
「ローランドが熱いのは昔からよ。あんたが殿下と踊ったりするから、キレたんでしょ」
どうしよう。バレてる。ローランドが危ない! 私があたふたしていると、ヘザーはくすっと笑った。
「クララはそういう……、鈍いとこ?それが魅力でもあるんだけどね。ローランドも、よく分かっていると思うわよ」
意味がよく分からない。何の話? ヘザーはときどき、思考がどこかに飛んでしまう。妄想癖? 作家志望には、よくあることらしいけど。
とにかく、ヘザーは怒っていないみたい。ちょっと安心。よかった。ローランドは命拾いした。
「そうかなあ。ローランド、今日も相変わらず毒舌だったよ」
「その割には、お互いの色の服なんか着ちゃって」
ヘザーに言われて気がついた。そう言えば、ローランドの髪は茶色で、このドレスの色。彼の礼服は紫で、私の瞳の色だ。
王女様の言葉を思い出す。素敵なコーディネートって、まさかそういうことだった?じゃあ、殿下もそう思ったのかな。私とローランドが、お互いの色を身につけていると?
いやだな。
そう思った。でも、私はその気持ちを、すぐにかき消した。殿下がどう思ったところで、別に何か困るわけでもない。
「これは、メイドのマリエルの見立てなの。大人っぽくしてってお願いしたから」
「ああ、あの子ね。スタイリスト志望の」
ヘザーは私の全身を眺めて、にこにこ笑った。
「ローランドもだけど、マリエルもたいがい過保護よね。昨日のパーティーの件、殿下とのことを色々と言う人がいるから」
マリエルたちは、メイド独自のネットワークを持っている。貴族社会で起きたことは、ほぼ筒抜けだ。
そうか。それでわざとこの色のドレスを選んだんだ。殿下ではなく、ローランドと対であると強調して。悪意のあるゴシップを消すために!
「マリエルも『真実の愛』の愛読者なの。うちは出版社にコネがあるから、クララのお屋敷のメイド用にも何冊か差し入れてるの」
なるほど。ヘザーの情報網は、こうやって作られているんだ。彼女はあちこちにコネがある。
我が家では、娯楽で蔵書を増やす余裕はない。メイドたちは大喜びで、ヘザーとゴシップを共有するだろう。
「ありがとう。助かるわ」
「新刊が出たから、クララも読みなさいよ。あんたは鈍いんだから、あの本で男性の愛の表現を学びなさい!」
また鈍いって言われた。自分ではよく分からない。でも、そうなのかもしれない。
殿下には王女様がいるのに、ちょっとだけ期待してしまった。殿下の真意が、見えていなかった。
殿下の、先輩のあの優しさは、後輩に対する友愛みたいなもの。あるいは妹分への家族愛。男女の愛とは違ったんだ。
やっぱり、この後の夜会は出たくない。殿下と王女様が一緒にいるのを見ると、胸がザワザワする。
隣で『真実の愛』について語るヘザーをよそに、私はそっとため息をついた。こうなったら、食べまくろう。きっと空腹だからイライラするんだ。
ビュッフェに手を伸ばす。そういえば、今日はずっと食欲がなかった。朝からちゃんと食べてなかったことに、私は今更ながら気がついたのだった。