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28. 先輩のワルツ

 夢みたいに、足がふわふわする。当然の如く、バランスを崩してつまずいた私を、殿下の腕が支えてくれる。

 それと同時に、会場中がどよめく。でも、なんだかそんなこと、もうどうでもいい。


「ペンダント、付けてくれてるんだね。嬉しいな」

「先輩に会えるかもしれないと思って」

「そうか。じゃあ、僕もこうしよう」


 殿下は眼鏡を取って、胸のポケットに入れた。髪の毛が金髪から薄茶色に変わる。

 私の目の前にいるのは殿下じゃない。アレク先輩だ!


「先輩の姿が、みんなに……」

「いいんだ、もう素顔を隠す必要はないから」


 アレク先輩はそう言って笑った。なぜかすごく悲しそうに。どうしたんだろう。ずっと変装していたのに、どういう心境の変化なんだろう。


 ホール中央に進み出たタイミングで、ワルツの前奏が始まった。


 緊張でさーっと血の気が引く。どうしよう。ステップが頭から飛んでる。足を踏んでしまうかもしれない。先輩に恥をかかせてしまう!


 私が固くなっているのに気がついたのか、アレク先輩は、まるで魅了魔法みたいな笑顔を見せた。

 悪魔ですら魅入られそうな美貌。なんだかクラクラしてきた。イケメンは罪だ。


「大丈夫。力を抜いて。僕に体を預ければいい」


 私は深呼吸をして、先輩に体を委ねた。そうすると、ステップを考える必要もないほど、驚くほど軽やかに踊れる。


 これは先輩の魔法?


「上手だね。ダンスは好き?」

「はい。でも上手じゃないです。先輩のリードがいいんだわ」


 先輩は私の言葉を聞いて、にこっと笑った。そして、ステップのスピードが上げた。

 私を持ち上げて、優雅にターンを決める。その光景に、会場中からため息がもれる。


「僕はダンスは苦手だよ。でも、君と踊るのは楽しいな」


 アレク先輩は、いつもとても優しい。


 でも、こんなのはダメ。つい、身の程知らずな勘違いをしてしまう。先輩の気持ちを誤解したくなってしまう。


「君は、ローランドをどう思う?」

「え?」


 私は思わず聞き返した。なぜ今、ローランドのことを聞くの? あ、もしかして、部下の査定?


「えっと、意地悪だけど優しくて、馬鹿だけど切れ者?」


 いつも思っていることを、そのまま口に出した。先輩はくすっと笑う。何かおかしなことを言ったかな? それがローランドなんだけど。


「そうじゃなくて、許婚として。いずれは結婚するだろう?」

「そんな話は、聞いてないです。私のことは、女避けの護符だと思ってるんじゃないかしら」

「本当に?」

「はい。いい友達です」


 ローランドを好きかと聞かれれば、もちろん好きだと思う。でも、男女の愛じゃない。

 少なくとも、私はそうだし、ローランドだってそうだと思う。


 だって、ローランドと踊っても、こんなにドキドキしない。普通に足を踏んだりする。


 先輩は私の答えを聞いて、静かに微笑んだだけだった。その表情から、感情は読めない。

 先輩は何が聞きたくて、私のどんな答えを期待していたんだろう。


 私が、もしローランドを好きだと言ったら、どういう反応をしたんだろう。

 先輩の気持ちを知りたいと思う。それは、私が先輩を好きだから。


 でも、先輩にとって、私はかわいい後輩? それ以上でもそれ以下でもない。いずれ高貴な方を妃に迎えれば、私のことなんて忘れてしまう。

 先輩はその人のために、閨教育にも熱心だったんだから!初めて会ったときに、そのせいでキスをしてしまったって……。


 先輩とのキスを思い出して、頬が赤く染まるのを感じた。やだ、思い出しちゃったりして、私ってえっちかもしれない。


 夢のような時間は、あっと言う間に過ぎた。ワルツの演奏が終わったので、踊っていたものたちは、互いに礼を取ってから場を下がる。


 次の曲を踊りたい令嬢たちが、じっと殿下の動向を見守っている。私は膝を折ってお辞儀をしてから、一歩下がろうとした。


 これで先輩とのダンスは終わり。もう先輩とは話すこともない。そう思って、後ずさったところで、先輩にぎゅっと腕を掴まれた。


「もう一曲、どうかな」

「でも……」


 会場中の羨望と嫉妬にさらされて、さすがの私もいたたまれなくなった。先輩と一曲でもダンスが踊れただけで、私にはもう十分。むしろ、これ以上はダメ。


 今ならまだ大丈夫。まだちゃんと引き返せる。


 楽団が演奏を止めたので、会場はザワザワとし始めた。そのとき、ふいに目の前に人影が現れ、先輩の腕が離れた。


「殿下。いい加減にしてください」


 ローランドだった。私を自分の後ろに回すと、先輩と私との間に入るような体勢を取る。周囲には、私をかばうように見えたと思う。


 何これ、どういうシチュエーション? 壮絶イケメン二人に挟まれて、なんか私、浮いてる気がする。

 まるで奪い合われるヒロインのような立ち位置。ないでしょ、これ。絶対にコメディだ!


「ローランド、控えよ」


 ローランドの背中越しに見た先輩の目は、いつもとはまるで別人のように冷たい。

 私は驚いて、思わずローランドの袖を掴んだ。


「……冗談。少し羽目を外しすぎたようだね」


 私の怯えに気づいたのか、先輩はいつもの優しい笑顔になった。片手をさっと上げて、楽団に音楽開始の合図を出す。


 次に音楽が始まる一瞬前、先輩はローランドをさっと横にどかせて、私の前にひざまずいた。

 そして、そっと私の手をとり、その甲にキスをした。会場中から、女子の悲鳴が上がる。


「楽しい夜を」


 何が起こったのか、よく分からない。私は、手を前に伸ばしたまま、固まってしまっていた。 

 みんなの前で、殿下が私の手にキスを! 夢と現実の区別がつかない。これは本当のこと?


 そんな夢見心地の私を正気に戻したのは、誰でもないローランドだった。気がついたときには、ローランドが私の手首を掴んでいた。

 そして、アレク先輩が出ていった出口とは反対方向のテラスへと、ぐんぐん私を引っ張っていったのだった。

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