27. 学園パーティー
授業は昨日で終了。生徒たちは朝から、帰省のための荷造りで大忙しだ。高位貴族は荷物も多い!
貧乏なので、私の荷物は激少。ラッキーだ! 夕方からのパーティーまでの時間を、のんびりと過ごせている。
数日前、国王陛下が王宮を出たそうだ。入れ替わりに、王太子殿下とその側近たちが、王宮へ入った。
彼らはもう、この学園には戻ってこない。
最後に一曲ダンスを踊ってほしいと、先輩に言われていた。だけど、それは実現しないと思う。
このご時世なので、不必要に派手なことを慎む必要がある。今回のパーティーは制服着用だ。
がっかりしている子も多いけど、私はこのパリッとした制服が大好きだった。
次はいつ着られるか分からない。だから、最後まで制服でいられるのは、嬉しかったりする。
それに、なんと言っても我が男爵家は貧乏。新しいドレスも持ってなかったし、出費が嵩まなくてよかった。
「ねえ、クララ。あれからどう?」
図書館の中を歩きながら、ヘザーが私に尋ねた。
勉強家のヘザーは、閉館前に蔵書を確かめたいと言う。そんな彼女に付き合って、私は一緒に本棚を見て回っていたのだった。
「何も。ずっと会えてないし」
占いでは、運命の相手と結ばれると言われた。でも、どう考えても、先輩が私の運命ではありえない。
あのおば……ネエさん、実はインチキ占い師なんじゃ?でも、ヘザーは当たったって言うしなあ。
じゃあ、なんで?どうして運命の相手じゃないのに、先輩のことをこんなにいつも考えちゃうの?
「また会えるわよ。運命ならね」
運命なら。もし次に会えたら、何かが変わる? もし会えたなら。もし会ったら。
そうか。私は先輩に会いたいんだ。会って話したり笑い合ったりしたい。
私は、アレク先輩が好き。運命とか運命じゃないとか、そんなこと、恋には関係ないんだ!
秋の穏やかな太陽が、遠くの山の稜線の向こうに落ちた頃、学園最終日のパーティーが始まった。
アレク先輩は参加していない。当然だった。だって、アレク先輩は殿下。別の世界の人なんだもの。
会場となる講堂では、管弦楽団が音楽を演奏し、中央がダンス・スペースになっていた。
壁際には、立食用のビュッフェ。隣接するカフェのテーブルで、座って食べることもできる。
お酒は十六歳から。シャンパンやワインのトレイを持った給仕さんが、好みに合ったものを教えてくれた。
ヘザーと私は会場の端に立ったまま、シャンパンをちびちびと舐めている。
私のパートナーはローランド。急な用事が入ったらしく、少し遅れると連絡が来た。
相変わらず律義だ。女性を待ちぼうけにするとか、色男のプライドが許さないのかもしれない。
ローランドが遅くなるのは、側近の仕事のせいだと思う。だから、先輩も忙しいはず。
マナーとしてファースト・ダンスはパートナーと踊る。当然、私は壁の花。
枯れ木も山の賑わい的な? いや、まだ枯れてはいないはず!花も蕾の十七歳だ。
「かわいいペンダント。そんなの持ってたっけ?」
「うん。気に入ってるの」
アレク先輩が来るかもしれない。微かな希望が捨てきれなくて、私はついペンダントを握りしめた。
ヘザーは気づかなかったけれど、本当はあれからずっと身に着けている。また会うためのお守りに。
先輩には重要な仕事がたくさんある。あんな小さな約束のために、わざわざ学園に戻ってくるはずはない。
だって、アレク先輩は王太子殿下だから。そう諦めていた。
だから、衛兵が殿下の来訪を告げたときは、ものすごく驚いてしまった。心臓の鼓動が早くなって、胸がキュッと締め付けられる。
やっぱり眼鏡男子殿下、かっこいい……。
パーティー会場が、一斉に静まり返る。殿下と特別クラスの生徒の入場は、みなの視線を集めていた。
殿下は、入り口からまっすぐに、私のほうに歩いてくる。そして、そっと手を差し出した。
「やあ、探したよ。どうしてこんなに端っこにいるの?こっちへおいで」
え、ちょっと、これはあり?殿下の姿で、私に話しかけるとか、想定外だったんだけど!
「約束通り、踊っていただけますか?」
でも、約束を覚えてくれていた!私のこと、思い出してくれた! 一緒にダンスを踊れる!
すごく嬉しいのに、なぜか泣きたい気持ちになった。
そんな状況に呆然としていたとき、ヘザーがゴンっと肘で私をつついた。肘鉄?何もそんなに強く繰り出さなくてもいいのに。かなり痛かった。
でも、そのおかげで、私は急に頭の中が冷えた。ローランドも殿下と一緒だった。ヘザーはそれを伝えてくれたんだ!
今日のパートナーはローランド。殿下であっても、他の男性と最初に踊るのはマナー違反。ここは、断るしかない。
それに、いきなり殿下と踊るなんて、周囲も驚く。だって、殿下と私には何の接点もなかったんだもの!
私の心を見透かしたのか、殿下はあっさりとローランドに許可を求めた。
「いいよね、ローランド。今日はパートナーの権利を譲ってくれ」
「……承知しました」
ローランドは頭をさげた。臣下の礼を取って、少し後ろに引く。でも、耳が怒っている。
こんなところで殿下と踊って、あとで色々と言われることを心配してくれてるんだ。
社交界の噂ほど厄介なものはない。悪意があれば尚更。
「ほら、大丈夫だよ。さあ、踊ろう」
殿下の手を取るべきじゃない。丁重にお断りするほうがいい。私だってバカじゃない。へんな噂になったら殿下が困る。それは分かってる!
それなのに、私は伸ばされた手に、そっと自分の手を差し出してしまった。
だって先輩と踊れるんだよ!二人で!
ごめん。今だけ。今だけだから、見逃して! もう一度だけ。アレク先輩との最後の思い出に。
私は心の中で、ローランドとヘザーにそう言い訳をしていた。