26. 好きって気持ち
知らなかった。ヘザーは運命の人を見つけたんだ。結ばれても結ばれなくても、その人だけと言われてた。そんな、たった一人の運命の相手。
「気が付かなくて、ごめん」
「いいのよ。私より、クララのほうが色々あったっぽいし?」
「え、なんで?」
「親友を舐めないで。そのくらい分かるわよ」
私たちはお互いに、相手のことは聞かないことにした。そのほうがいい。
「好きって、どういう気持ち?」
「人それぞれじゃない?私はクララの好きは分からないけど、自分の好きは分かるわ」
そうだよね。自分の気持ちでも知るのは難しいのに、人の気持ちなんて分からない。それが好きな人の気持ちだったら、特に。
「そうだ!いい本があるから貸してあげる!今、すごく流行ってるの。現実逃避できるわよ」
ヘザーが貸してくれたのは、最近流行の異世界恋愛小説だった。題名は『真実の愛』。いかにも恋愛小説らしいネーミング。ベタベタだ。
内容は典型的な悲恋展開で、未だ完結していない。ハッピーエンドを掲げていないので、ビターエンドかもしれない。
「この世界観、いいよね」
「ヒロインに親近感が持てるわぁ!」
「でも、やっぱり最高なのは主人公じゃない? 愛する女性のために身を引く。すごく切ない」
「そう考えると、このヒロインってかなり鈍感よね。私なら絶対に彼の気持ちに気づくわ」
「えー!じゃあ、告白される前に、もうあの人の気持ちに気づいてたの?」
今日も女子文芸部は『真実の愛』の感想から始まって、恋バナへと移っていく。さすが年頃の娘たち。当たり前なのだけれど、関心があるのは恋愛とオシャレと食べ物のみ。
いつもなら適当に聞き流しているヘザーも、この『真実の愛』談義には、積極的に加わる。好きな人ができて、やっと恋愛脳が発達したのかも? うん、私が偉そうに言える立場じゃないけど。
それにしても、不思議な物語。知らない世界のはずなのに、頭の中にまるで映像が流れ込むような感覚がする。
「それは作家の腕よ。文章や行間に、読者の想像力を掻き立てる力があるのよ」
ヘザーはこの本の作者を高く評価している。文筆家を目指しているだけあって、ヘザーは辛口批評家。でも、気に入った作者の本は読み漁る。
「私も書いてみようかなあ、恋愛小説」
ヘザーがボソっとそう言うと、周囲から驚きの声が上がる。
「ええー?恋愛経験ゼロなのに?」
「読者がときめく男性像とか、経験なしで書けないでしょ」
「ヘザーの堅苦しい文章、恋愛小説には向かないよ」
ヘザーに好きな人がいることは、私たちだけの秘密だ。どうやら婚約者か恋人か、決まったお相手のいる男性に片思いをしているらしい。
みんなに意見されて、ヘザーは大人しく引き下がった。でも、ヘザーはやると決めたらやる!書きたかったら、恋愛小説を書く。そして 書いたらすごいものができると思う!
「もうすぐ学園も閉鎖か。寂しいね」
「すぐに再開になるといいな。先のことは分からないけど」
「これから読書にいい季節なのにね。感想を言い合えないのが残念」
冬は兵を動かすのが難しい。その間に避難できるよう、初秋で学園は閉じられる。
「閉鎖になっても、みんなで集まろうよ」
「いいわね!アーケードのカフェはどう? うちのお抱え菓子職人の店なの」
「えー?あのお店、あなたの家の監修?すごい人気で、並ぶのよ!」
「知らなかったわ。今度みんなで行こうよ」
そうして、話題は今流行りのお菓子へ移っていった。罪のない話題。他愛もないおしゃべり。こんなことも、もうすぐ日常ではなくなってしまう。とても信じられない。
「最終日の夜はパーティーね。パートナー申し込みを機に告白して、そのまま婚約した人、結構いるみたいよ」
「学園側も気を使っているのよ。せっかくの出会いの場を閉鎖するんだもの」
こんなご時世なので、今回は派手なことはしない。パートナーも不要。服装も制服で参加。でも、カップル社会としては、夜のイベントでは男性のエスコートを受けたほうが体裁がいい。
「クララのパートナーは、美貌の許婚かあ……」
「違うって。それは便宜上!昔からの習慣になってるだけなの」
どうしてもエスコートが必要なときは、いつもローランドにお願いしていた。幼馴染のよしみで。
だから、ローランドから申し込まれたら、断ったりはできない。特定の恋人ができるまで、私を虫除けに使いたいらしい。
「憧れのローランド様が、唯一、大切にしている女性!なんか萌えるね」
「いや、それは違うよ。ヘザーも同じく幼馴染だし、ローランドはヘザーをすごく尊重してるよ!」
「それは、怖れているのよ。ヘザー、怖いもん」
誰かがそういうと、みんなが爆笑した。当のヘザーまで笑っているので、全くフォローにはなっていない。
「クララは疎いから。あんまり悩ませないでやって。じゃないと、私がただじゃおかないわよぅ」
「きゃあ!」「こわい!」「ひー!」
おどけたヘザーの口調に、みんなが合わせて反応する。どこに行ってもヘザーはみんなの中心にいる。ボス的な存在だった。
「とにかく、閉鎖まで学園生活を楽しみましょう!」
全員がその意見に賛成だ。その先に何があるのか見えない今は、特にそう思うのかもしれない。
そして、季節が秋に変わった頃、学園は最終日を迎えたのだった。