23. 先輩の正体
カイルはいい人。なんだかんだ言って、私のことも本気で心配してくれる。
「じゃ、カイルとは?ツンデレって合うと思うんだけど」
俺様よりはマシ! カイルは普段はクールだけど、好きな子の前ではデレる気がする。
激励を込めて言ったつもりが、カイルはそのまま黙ってしまった。
あれ?からかわれたと思ったのかな?もしかして、怒ったとか?
「俺には無理だ……」
「は?」
「いや、ローランドとは比べものにもならないだろ」
話がおかしいぞ。なんでこんな超絶イケメンたちを、比べる必要が?
「カイルに好かれたら、誰でも大喜びだよ。今までに好きな女の子はいなかったの?」
「いたよ」
「その子に告白しなかったの?したら、絶対に両思いになるよ」
「どうかな」
恋愛下手か。いかにもという感じで、想定内。でも、カイルは女の子から見ても、すごく素敵だと思う。
いつも優しく包むようなアレク先輩や、強引にグイグイ飛ばすローランドとは違う魅力。
カイルはすごく信頼できる。彼に愛される女の子は、きっと幸せになれるはず。
「カイルに好かれたら嬉しいよ。もし告白されたら、付き合うと思う」
「もう、やめてくれ!」
カイルはそう言うと、さっと後を向いてしまった。
失恋したばかりの人に、恋の良さをすすめてみても、今は辛いだけだったかな。
「ごめん。気分を害したよね。あの、もう帰るね。今日はありがと」
口は災いの元。これ以上、余計なことを言わないうちに退散しよう。
そろそろ、外も暗くなってきたし、遅くならないうちに戻ったほうがいい。
「待って」
私が出口へ向かおうとすると、カイルがそう呼び止めた。
「何?」
「さっきの、本気?」
「さっきのって?」
「俺が告白したら、付き合うって」
カイルとなら付き合える……と思う。好きかどうかは分からないけど、断る理由がない気がする。そのとき、急にアレク先輩の顔が浮かんだ。何?なんでここで先輩?
考え込む私を見て、カイルは小さく笑った気がした。
「励ましてくれてありがとな」
そうか。そういうことか。私ったら本気で悩んだりしてバカだ。私たちは友達なんだから。
「そうよっ!せっかくイケメンなんだから、頑張って素敵な恋をしなくちゃ!」
「考えておく」
私たちはどちらからともなく、出口に向かった。これ以上ここで二人っきりでいるのは、はっきり言っていたたまれない。
「アレクはダメだ。あいつは優しそうに見えて、実は腹黒い策略家なんだ」
「先輩は婚約者がいるし、私とは関係ない」
「あんたになくても、あっちはどうか分からない」
どういう意味?私はそんなに無防備じゃない。アレク先輩からも、友情以上の好意を感じたことはない。
「迷っているなら、ローランドがいい」
どういうこと?私、何か迷っている?
薬草園を出てしばらく行ったところで、カイルが急に立ち止まった。
不思議に思って見上げると、目で合図された。
「クララ!大丈夫だったか?」
向こうからローランドが走ってきた。よっぽど急いで来たのか、ずいぶんと息を切らしている。
「まったく、なんでこんな人気のないところに! カイルが知らせてくれたから、よかったけど」
「ローランド、あんまり許婚を心配させるなよ。殿下とは和解したのか?」
「ああ。クララ、悪かったな」
私の肩に手を置いて、ローランドがそう言った。
「よかった。殿下と仲直りしたんだね?」
ローランドが頷いたので、私は安堵の息をついた。私たちの様子を見ていたカイルが、さっと横をすり抜けた。
「邪魔者は消える。じゃ、ここで」
そう言うと、カイルはスタスタと校舎のほうへ歩いていった。邪魔なんかじゃないのに。
たぶん今はまだ、ローランドと一緒にいるのが苦しいんだ。今彼ができないうちは、元彼としてのいい思い出にはできない。
カイルが行ってしまったのを確認してから、ローランドは私の肩から手を離した。
これも、精一杯の強がりかな。この二人、まだまだ微妙な関係だ。
「ごめんな。そんなに心配してるなんて。全く知らなかったんだ」
ローランドが珍しく素直に言った。カイルに言われたことが、頭の中をグルグル回る。
ローランドを選ぶって、私の恋人になるって。男女の色々をローランドと?
思わず不適切な想像をしてしまい、体がカーッと熱くなった。
やだ。こんなこと考えてるってローランドに気づかれたら、羞恥で死ねる!
ローランドを男性として意識できるか。答えはイエス。でも、恋人として愛せるのかは、正直分からない。
姉弟みたいに過ごした時間が長すぎて、恋人という関係を想像できない。
「本当によかった!アレク先輩が、取り成してくれたんだよね?」
気まずさを隠すように、私はできるだけ明るい声で言った。
「先輩?お前、あいつと知り合いなのか?」
ローランドの声から温かさが消えた。え、なんで?
「会ったら話をするくらいの知り合い。友達と言うのは、先輩に対して失礼かな」
「なんでだよ! 近づくなって言っただろ?」
「え? 言われてないよ」
「お前、あいつが誰か知ってるだろ?」
「特別クラスの人でしょう?」
そう言えば、私はアレク先輩のことはよく知らない知っているのは優しくて天然ということだけだった。
素性を確かめたり、本名を尋ねたこともない。
私が本当に何も知らないと分かると、ローランドは呆れたように首を振った。
「あいつは、アレクシス・アウグスト・ヴァン・リューネンベルク。この国の王太子だ」
ローランドが支えてくれなかったら、私はその場に倒れていたかもしれない。