22. 守りたい人
カイルの顔が赤い。一体なぜだろう?
でも、今はそんなことに構ってられない。まずは本題に入らないと!
「とにかく、話を聞いて! ローランドのことなの。弓道大会の一件で、殿下と険悪になってる」
「それは、殿下が何とかするって」
「もう、殿下にお願いしてくれたの? ありがとう!」
「俺じゃない」
「じゃあ、アレク先輩が?」
「……まあ。彼とどういう関係?」
どういう関係って。わざわざ申告するほどじゃない。
「ランチ友達? ときどき庭で、一緒にお昼食べてるの」
「いつの間に。たまに彼が消えるのは、そういうことか」
「いい人だよね、先輩」
「いい人……」
「天然だけどね」
「天然……」
カイルは眉根にシワを寄せて、何か真剣に考え込んでしまった。そう言えば、先輩はカイルと知り合いだったけど、殿下のグループにはいなかった。
「ごめんね。アレク先輩が言ってくれるなら、カイルを呼び出さなかったのに」
「それはいいんだ。別の話があったから」
え、改まって何? 恋バナかな。それなら喜んで相談に乗るよ!
「ローランドが、俺を、その、す、好きって話なんだけど」
ぎゃああああ! アレク先輩の嘘つき! 絶対に秘密って言ったのに! あっさり約束破って、ひどいっ! これはもう、素直に謝るしかない。
「ごめんっ! でも、カイルの気持ちは言ってないから!」
「俺の気持ちって……」
ローランドとカイルの幸せを、影ながら見守るよ。そう誓ったから!だから、忘れたフリをする。
「約束通り、ちゃんと忘れたよ」
涙目で訴える私に、カイルは何か思い出そうとするように、視線を地面に落とした。少しそうしてから、急に何かに気がついたように顔を上げた。
「は……。なるほど、そういうことか」
カイルが急に笑いだす。どうしよう、カイルが壊れちゃった。私が先輩に秘密をバラしたせいで?
オロオロする私の前で、カイルはひとしきり笑った。そして、しばらくしてから、すごくすごく言いにくそうに報告してくれた。
「もう、別れたから」
え、ええ? ええええ……!
「うそっ! なんで?」
信じられない。こんな短期間に、こんなにあっさりと!あんなにラブラブだったのに!
「なんでって。他に好きな人ができたから」
何それ? そんなに簡単に目移りしちゃうもの?
「じゃあ、もう他の男子と付き合ってるの?」
「冗談っ!あ、いや、そうじゃなくて。試しにローランドと付き合ってみたけど、やっぱり、お、男は無理だった」
試しにって! そんな覚悟で禁断の恋に手を出したの?
「カイル、あの、まさか遊びで? 単にローランドの気持ちを弄んだだけ……とかじゃないよね?」
「やめろっ!いや、も、もちろん違う。し、真剣だった」
よかった。とりあえず、真面目な交際だったんだ。じゃなきゃ、リスクが大きすぎる。
「でも、別れちゃったのか……」
お似合いだったのに残念。でも、しょうがない。心変わりは誰にでもあるし、交際は不純であっても異性がいい。色々な意味で一件落着だ。
それでも、ちょっとガッカリしている私を見て、カイルはうなだれた。
「……悪い」
「そんなことない! 私こそ役立たずで」
「もう終わったことなんだ。本当に」
「うん。過去は振り返ってもしょうがないもんね」
「だから、その件はなかったことにして欲しい。思い出すとキツいから」
カイルは本当に辛そうに見えた。そうだよね。他に好きな人がっていうのは、実は別れるための口実で、世間体を気にしたのかもしれない。
「もちろん。もう、このことには触れない」
「特にローランドには。絶対に、その話はしないでほしい」
そうよね。失恋したときは、そっとしておくべきだもの。
「大丈夫。絶対しない」
「頼む。もし聞いたら、ローランド死ぬから」
確かに! 傷口に塩を塗るのは、よくない。
「うん。もうこの話やめよ。二人とも次の恋に行くべきだよ。男女交際のほうがいいよ。絶対に楽!」
「どうかな……。あんた、好きな人は?」
カイルにそう聞かれて、私は考え込んでしまった。
「まだ、いないかな」
「ローランドは? 許婚なんだろ」
「幼馴染み。弟みたいな感じよ」
「兄じゃなくて弟か。あいつはいいやつだ」
「まあ、ちょっと色々と強引だけどね」
「優秀だし、見た目もいい」
ローランドの評価は安定している。本当に頭がいいし顔もいい。
「アレク先輩も、そう言ってた」
「家柄もいいし、性格もいい」
歴代の宰相を輩出してる家系だもの。おじ様もおば様もすごくいい人。
「貴族の筆頭、公爵家の令息の割に、全く威張ってないよね」
「努力家だし、一生懸命だ」
それは知ってる。天才じゃなくて秀才肌。こっそり影で、すごく努力しているの。
「負けず嫌いだからね。諦め悪いの」
「女にモテる」
ローランドはモテすぎる。チャラい遊び人だ。
「タラシだよね」
「そこは改善されると思う。本命には一途だ」
カイルに対しては、確かに一途だった? ヘザーも身辺を整理したって言ってたな。
「そうだね」
それにしても、カイルって。今でもローランドのこと好きなんじゃないの?
「あんたには、ローランドが合ってると思う」
「え?なんで私?」
「あいつとなら、絶対に幸せになれる」
ええー?そんなこと、こんなときにいきなり断言されても!
どうだろう、仮にカップルになったとして、ローランドってSっ気強いから、Mじゃないと無理な気が。
「うーん。俺様な性格はちょっと……。私は、アレク先輩みたいな、優しい人のほうがいいな」
「ダメだ!」
即レス?アレク先輩、なんか問題あるのかな。ああ、婚約者がいるからか。カイルは友達思いの心配性なんだ。
カイルのことをまた少し理解できて、私はなんだか嬉しかった。