21. 蓼食う虫も好き好き
「殿下が間違えたんだ。ローランドが怒るのは当然だよ」
「え、先輩も大会に来てたんですか?ごめんなさい、全然気が付かなかった」
おかしいな。先輩みたいな超絶美形がいたら、周囲の状態で分かったはずなのに。
どう考えても、女性に囲まれる。令嬢たちのチャンス的に。
「いいよ。君はローランドの応援に行ったんだし」
「一応、会場をぐるっと見回したんです。でも、見つからなかったので。先輩のところから、私たち見えました?」
「よく見える場所だったから」
「ああ、VIP席!そっか、殿下のお供だったんですね」
「まあ、そんなとこだね。試合もよく見えたよ」
なるほど。VIP席なら見つけられなかったはずだ!
それにしても、先輩、ちゃんと殿下お側ゲット作戦を頑張ってくれてるんだ。よしよし、いい傾向。
「あの、殿下はどうして、あんなことをしたんですか?」
「うーん。好きな子に、いいところを見せたかったんじゃないかな?」
「ええっ!殿下には好いた方がいらっしゃるのですか?」
「なんで、いきなり敬語?」
あまりの衝撃に、たまに被る猫がいきなり出現した。それをあっさりと、先輩に指摘されてしまう。
「すみません。ちょっと興奮しちゃって。殿下と恋愛という組み合わせが想定外で。ちょっとショックが大きかったんです」
「彼も普通に、恋愛に興味あると思うけど。そうか、君は殿下が好きだったんだよね」
「ち、違います!私が殿下を好きとか、滅相もないです!そりゃ、弓を射る眼鏡男子、すごく素敵でしたよ。正直きゅんきゅんしましたけど、それは観賞用に愛でて惑うという感じで!」
「観賞用に、愛でて惑う……」
まずい。墓穴を掘った?いや、でも誤解は解いておかないと!
アレク先輩は天然な善人なので、うっかり『殿下との仲を取り持ってあげよう』とか考えられたら大変だ。
「とにかく!カイルに仲直りの協力してもらいたいんです!」
「それは分かったけど、なんでカイルなの?僕……じゃなくても、それこそ殿下本人に言えばいいのに」
はい?アレク先輩はいいとしても、殿下に直訴は無理でしょ。貴族最下位の男爵家が、どうやって王族に話しかけろと?
やはり先輩は天然だ。ちょっと常識がズレてる感がある。いや、逆にストレートすぎるの?純粋だ。
「カイルじゃないとダメなんです。彼なら、なんとかしてくれるから!」
「ふうん。いやにカイルの評価が高いね。気になるなあ。その信頼の理由を教えてくれたら、カイルを呼び出してあげるよ」
ひ、卑怯!アレク先輩、めっちゃ意地悪!
どうしよう。えーと、カイルの気持ちは秘密。でも、ローランドの気持ちに関しては、口止めされてない。
つまり、そっち側からなら、話してもいいってこと!
「あの、絶対に秘密にしてくれますか?ローランドは……」
カイルのことが好きなんです!
私がそう言うと、先輩はしばらく固まって、それから頭をかかえてしまった。
どうしよう、やっぱり先輩は、後ろ向きタイプだったんだ。
そりゃそうだよね。婚約者との子作りのために、閨教育に励まれているくらいだし。
男同士っていうのは、やっぱり無理だよね。
「先輩、気持ちは分かります。でも、約束は約束ですよ。カイルを呼び出してくれますね?」
「うん。約束は守る。でも、その話は人にはしないほうがいいよ。誤解だと思うし。君もそのことは忘れたらどうかな。ローランドには、そういう趣味はないよ」
これだから、お坊っちゃまは! 世間はLGBTに敏感なんですよ。きちんと理解しておかないと、差別になるんです! 訴えられちゃうんです!
「先輩、人の嗜好はいろいろなんです。自分と違うものも受けれないと!」
「いや、そうじゃないんだけど。ああ、まあ、そうだね。しかし、ローランドも大変だな。さすがに気の毒になってきた」
「でしょ?せめて、私たちが味方になってあげないと!先輩も知らないフリをしながら、こっそり応援してあげてくださいね」
私がそうお願いすると、先輩はまだ往生際悪く、ふうっと大きなため息をついた。
そうして、私はカイルへの伝言を、先輩に託すのに成功した。
話が話なので、人目がないところがいい。放課後に薬草栽培用の温室に呼び出すことにした。
温室は薬草園の外れにあって、あまり訪れる人はいない。薬剤調合用の薬草が必要な授業は後期からだ。
今はたまに庭師さんが見回る程度で、園芸部が朝に水やりをしている。
私はときどき、ここで調理用の珍しいハーブを分けてもらってるのだ。
私が温室に入ると、カイルはすでに中にいた。
授業が終わってすぐに来たのに、足の長さの違いだろうか。カイル、速いっ!
「カイル! 待たせてごめん」
「こんな場所に一人で来るなんて、何考えてるんだ!」
カイルはいきなり目を三角にして怒った。カイル、怖いっ!
「学園内は、安全よ」
「外部からの侵入者がいたら? 最近は国全体の治安が悪い。危機管理は重要だろ!」
北方情勢が微妙なのは知っている。でも、そこまで?
侵入者ってことは、学園を守っている結界が破られる可能性があるってことなの?
そんなの、高位の魔術師じゃないと無理なのに。
「ごめん。どうしてもカイルと二人っきりで会いたかったから」
「なんだよ、それ。紛らわしい言い方しないでくれ」
どんな言い方した? なんでカイル赤くなってるの? 男子って、よく分からない。
私は一人で、首を傾げたのだった。