18. 好みのタイプ
「君は、ローランドの許婚だよね?」
「ああ、その噂。ローランドと知り合いですか?」
「もちろん。彼はクラスの中でも抜群に優秀だ。見た目も華やかだね」
美貌的には、先輩のほうが上だと思う。でも、先輩の髪には、たまにちょっと寝癖がついてたりする。
めちゃくちゃオシャレに気を使って、毎朝ドライヤーしているようなローランドとは、少し違う雰囲気だ。
「幼馴染なんです。許婚っていうのは、女除けのおまじないみたい」
「女除け?ローランドは、女の子が好きだと思ったけど」
「そうだったんですけど、今は違うみたいです。秘めた恋のおかげで」
アレク先輩は急に黙ってしまった。何を考えているんだろう。
「君は、ローランドの気持ちに、気づいてるんだよね?」
「はい。でも、それは秘密なんです。友達との約束で」
「君の友達?」
「はい。ローランドが好きなんですって。見ていると切なくて。先輩も友達を応援してあげてください」
先輩はそこで、ようやく笑顔になった。
「そうか、うん。彼と君の友達が結ばれたら、僕も嬉しいよ」
アレク先輩!なんていい人!ローランドとカイルの幸せを喜んでくれるなんて!
顔がいいだけじゃなくて、心も清らか。本当に素敵な人。
「先輩は、ローランドと話すんですか?」
「もちろん。特別クラスって、なんとなく団体行動なんだよ。男ばかりで、むさ苦しいけど」
「ええ?あんなキラキラ集団、全然むさくないですよ!あ、そうか。王太子殿下をお守りするのも、あのクラスの目的ですものね!」
「実はそれが問題でね」
アレク先輩は団体行動が苦手なのか。個人行動するタイプ? 一匹狼?
いやいや、どっちかと言うと、毛並みのいい飼い犬……失礼!
「殿下に気に入られると、出世街道まっしぐらって聞きましたよ!みなが憧れるクラスに入っているんですから、アレク先輩も頑張らないと!」
私がそう言うと、アレク先輩はまた少し考え込んだ。
「僕は……何を頑張るの?」
「もう!そんなのんびりじゃダメです!生き馬の目を抜く世界なんですから。いい人ってだけじゃ、出遅れちゃいますよ!先輩は見た目もいいし、中身も本当にいい人なんだから、きっちりアピールして殿下のお側をゲットするんですよ!」
「殿下の......お側?」
基本的な出世術なのに、先輩は考えたこともなかったらしい。そんなことじゃダメじゃないっ!
「先輩は、家柄がいいから知らないかもしれないですけど、社会って足の引っ張り合いなんですって!そんな中でそんなに善良だったら、あっさり潰れちゃいます!心配です」
「……心配して、くれてるんだね」
私が鼻息荒くまくしたてているのに、先輩はただニコニコ笑うばかり。どうしよう。本当に心配すぎる。
「あたり前です。先輩は、私には兄みたいなものなので」
私がそう言うと、微かに先輩の表情が曇った。あれ?私に兄と言われるのは迷惑だった?
「えーと、その、お兄様さすがですっていう感じで、最敬愛と言うか。尊敬の対象なんです」
しどろもどろになりながら言い訳をすると、先輩は機嫌を直してくれたようだった。
「じゃあ、男性としては?クララはどんな人がタイプなの?」
好きな男性のタイプ?それは考えたことなかった。どうだろう。
あ、眼鏡!眼鏡男子が好きだ。
「眼鏡男子かな。理知的だし、眼鏡を取ったらイケメンなんて萌えるかも」
私の答えを聞いて、先輩は一瞬だけ動きを止めた。少しだけ顔が赤いような気がする。
萌えという単語、俗っぽかったかな?
「王太子……殿下は、眼鏡をかけているけど、ああいうのが好み?」
あ、そういうことか。うん、そう。ああいう人がいい。もちろん見た目だけの話で、殿下が好きとか恐れ多くて、絶対にないけど!
「そうですね。性格は先輩みたいな優しい人が好きですけど、見た目は殿下が好みです。素敵だわ」
完璧な回答だと思ったのに、先輩は固まってしまった。え、また、何か間違えた?
殿下が好きとか、不敬だったのかな。
「じゃあ、殿下みたいなのが好きってことで、合ってる?」
「そうだ!スポーツマンが好きです。この間、ローランドが弓を引く姿を見て、胸がキュンとしました!」
「弓か。そういえば明後日は大会があったね」
「そうなんですよ。先輩も行きますか」
「そう……だね、たぶん。君は行くの?」
「はい!ローランドの応援に。弓道って素敵ですよね!」
「そうか。それじゃ、頑張らないとな」
「ローランドはやる気満々ですよ!優勝するって」
ローランドは、ちょっと変わった性癖があるけど、自慢の幼馴染。優勝してほしいと思う。
「君は、殿下をよく知らないんだね」
「だって、遠くから見てもよく分からないし。第一、あの集団はキラキラすぎて、誰が誰だか。あ、でもカイルは分かります」
「そう。彼のことはどう思う?」
「どうと言われても。ぶっきら棒で仏頂面ですけど、意外と照れ屋で真っ直ぐですね」
「へえ、すごいな。そんなことまで分かるんだ」
ローランドのことで、色々と踏み込んだ質問しちゃったし。恋バナをすれば、だいたいのことは分かる。
そうして、先輩と話し込んでいるうちに、予鈴が鳴った。
残ったお弁当は先輩が持って帰るというので、私たちはそのままランチを終えることにした。
「すごく美味しかったよ。ありがとう、クララ」
「いえいえ。お粗末さまでした。こんなことならいつでも!」
「じゃあ、毎日」
「それは無理」
「だよね」
私たちは顔を見合わせて、クスクスと笑った。
先輩といると和む。こんな人と結婚できる婚約者さんは、きっと素晴らしい女性。羨ましい。
「じゃあ、先輩。また今度!」
「そうだね。大会で」
先輩も弓道大会に応援に来るんですか?
それを確認しようとしたときには、先輩はもう校舎のほうに走っていってしまっていた。
「まあ、いいか。会場で会えば分かるし」
そのときはそう思っただけだった。