17. 手作りのお弁当
「とにかく、試合、頑張りなさいよ。応援するから」
「サンキュ。持つべきものは友達だな。クララも見ててくれよ。お前のために優勝してやるから」
なんで私のため?そこのとこの意味、全然分からないんだけど。
「賞金で、ここの食券買ってあげてよ。この子、遠慮しいだから」
なんだ、賞金の話か。貧乏な幼馴染に恵んでくれる気なのね。
「お安い御用だ。いくらでも買ってやるよ。今、買ってやってもいいけど」
「いいよ、食券なんていらない。それよりローランドのかっこいい姿が見たい」
賞金搾取を辞退しただけなのに、なぜかローランドの顔が赤い。そして、それを見てヘザーもニコニコ……いや、ニヤニヤ笑っている。
何?私、何を見逃した?
「なんか、すげえやる気になった」
「この子、天然だからね。これでも無意識なのよ」
私が何だって?この二人、以心伝心すぎる!追いつけない。
「ローランド、お昼終わっちゃうよ。もう戻りなよ。ちゃんと食べないと」
「ああ、そうだな。じゃ、またな」
爽やかな笑顔でそう言うと、ローランドは殿下のテーブルに戻っていった。
あそこで食べるのか。女子に囲まれて、なかなか食べにくそうだ……。
そう思ってぼんやりと眺めていると、突然ヘザーが口を開いた。
「心配しなくても大丈夫よ。ローランドは一途だし、あんたは天然でも、男のツボは押さえてるから」
「え、何のこと?」
「取り巻きたちのことよ。あれは殿下狙い。ローランドじゃないわ」
ああ、そういうこと。ローランドは私との嘘婚話で、うまく女子を遠ざけたんだっけ。
「そうなんだ。なら、よかった」
カイルも取り巻きは気になるはず。女といえど、ライバルなんだから。
「へえ、意外。クララも嫉妬とかするんだ?」
「なんで私が嫉妬?ローランドに恋してる人が近くにいるから、きっと気になるだろうって思っただけ」
「え、それって誰の……」
あ、まずい。この話は忘れてって言われたんだった。カイルとの約束を破ったらいけない。
でも、ヘザーも知っているんだし、さらっと流そう。
「ヘザー、心当たりあるでしょ? ローランドのこと、よく見てるじゃない」
情報通のヘザーが、ローランドの密かな恋を見逃すわけはない。
その証拠に、その後のヘザーは心ここにあらずという感じで、妙にソワソワしていた。
もしかしたら、カイル以外にもローランドに熱をあげてる男子を知っているのかもしれない。
そして、その翌日は、天気予報通り快晴だった。
私は少し早起きして、お弁当を作る。アレク先輩へのお礼なので、さすがにいつものサンドイッチとはいかない。
先輩はいつも、見た目も綺麗で味も最高なお弁当を持っている。なのに、なぜ私の作ったものなんか?
「気を使ってくれたのかな」
私の話を聞いていれば、うちが貧乏なのは丸わかりだった。
領地に帰るたびに、市場でこっそりバイトをしている。そのお金で買ったハンカチに刺繍をして、孤児院のバザーに出していることも話した。
だから、市場には慣れていて、あの日も不慣れなアレク先輩にすぐに気がついたことも。
アレク先輩は本当に、箱入りのおぼっちゃまらしい。そういう貴族っぽくない話が好きらしく、色々と質問してくる。それに答えていると、つい喋りすぎてしまう。
それでも、アレク先輩がニコニコと楽しそうに聞いてくれると、もっと話したくなってしまう。
「先輩って、どこのクラスなんですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いた。先輩は庶民の味がつまったお弁当を、美味しそうに食べてくれていたところだった。
「僕?特別クラスだよ」
思った通り!先輩はこんなところでのんびりしているけど、実は頭脳明晰なエリートクラス!将来は殿下の側近になっちゃう高位貴族なんだ。
だって、いつものお弁当はどう見ても、おかかえシェフの調理だもの。
「やっぱり!絶対にお金持ちだと思ってたんです!いつもあんな豪華なお弁当を食べているのに、私の作ったものなんかで本当によかったんですか?」
先輩はにっこり笑った。
「豪華に見える?いつも同じだよ。外見は綺麗だし、味もいいけど、僕のために作ったものじゃない。いろいろと制限があるから、しょうがないんだけど」
「何かアレルギーあるんですか?大丈夫かな?」
心配してお弁当を覗き込むと、先輩は大丈夫だというように首を振った。
「そういう意味じゃない。あれは完璧な料理だよ。でも僕の好みに合わせてくれたものじゃない。ほら、君は僕の嫌いなものは入れてないし、味付けも僕が好きな風にアレンジしてるだろう。そういうのがないんだ」
「ああ、そういうこと。だって、先輩の好き嫌い、分かりやすいんですもの」
私がそう言うと、アレク先輩は嬉しそうに笑った。
「そんなこと初めて言われたよ。うまく隠していたのに。どうして気がついたの?」
それは孤児院のお手伝いで培ったスキルです。子どもたちはよくよく見ていないと、嫌いなものをこっそり交換してしまうので、注意が必要なんです。
そう説明してから、私はアレク先輩の分かりやすい行動を指摘した。
「そうですね。嫌いなものはすぐに飲み込んでしまうけど、好きなものはゆっくり食べてます。同じものでも味付けが違うと、ちょっと表情が変わります。和む?見ていて、ああ、これが好きなんだなって」
「へえ、すごいな。そんなによく見てたんだ」
アレク先輩は感心したように、褒めてくれた。なんだか嬉しい。
「ええ、まあ。だから、今日は美味しそうに食べてもらえて嬉しいです。私、もしかして、栄養士とか調理師に向いてるのかな。病院とか療養所とか、体調や病状に合わせて、食欲がない人でも食べられるようなものを作るの」
「いい仕事だね。結婚しても続けられそう?」
「結婚ですか?予定ないので……」
私がそう言うと、アレク先輩はちょっと考えるように首をかしげた。