表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/88

14. 許婚の恋人

「少し魔力を入れるよ」


 先輩は私の右足に触れた。そこはローランドが手当をしてくれて、カイルが治療してくれた場所だった。

 もうすっかり治っているはずなのに。


「先輩、そこ、もう治っていませんか?」


 私が上半身を起こして尋ねると、先輩は真剣な目をしたまま言った。


「怪我はね。ただ気持ちの問題なんだ。上書きさせて」


 どういう意味だろう。カイルの魔法はローランドが消したはず。それに上書きって、何のためにそんなこと。

 他の医師が治療した患者はやりにくいというのを聞いたことがある。つまり、そういうこと?


「さ、もういいよ」


 先輩は手を離し、私の両手を取ってソファーから引き起こした。


「ありがとうございます。何から何まで。どうお礼をしたらいいか……」

「お礼なんていいよ。でも、そうだな。君が作ったお弁当が食べたいな」

「え?そんなことでいいんですか」


 先輩とは、たまに一緒に昼食を食べる。私が適当に作ったサンドイッチと、一流の料理人が作ったであろう豪華なおかずを交換することもある。

 どう考えても、先輩のお弁当のほうがずっと美味しいのに。


「うん。できれば毎日」

「それは無理……」

「だよね」


 私たちは目を見合わせて笑った。


 毎日なんて無理に決まってる。先輩とは丘の向こうでしか会ったことない。

 庭園には雨の日には出られないし、先輩のクラスも知らない。


「じゃあ、次に晴れた日に。いつもよりちゃんとしたものを作っていきますから!」

「それは嬉しいな。楽しみにしているよ。でも無理はしないで。君はなんでも一人で頑張りすぎる」


 先輩は私の頭をくしゃっと撫でた。そして、そのまま私の手をひいて、図書館の出口まで連れていってくれた。

 すでに館内の照明が落ちていて、慣れないと物にぶつかってしまうからと。私のためにドアまで開けてくれた。

 完璧なエスコートに、胸がドキドキする。


 そして次の瞬間、その胸の鼓動が一瞬止まってしまうような事件が起きた。


「先輩、色々ありがとうございました。じゃあ、また」


 私がそう言うと、先輩はちょっと私の手を引っ張って、自分のほうに引き寄せた。

 そして、私のこめかみにチュッと音を立ててキスをした。


「気をつけて帰って」


 先輩は私をドアの外に送り出すと、静かにドアを閉めた。


 初対面の事故チュー以来、先輩が私にキスをしてきたことはなかった。今日は唇じゃなくてこめかみだったけど、それでも恥ずかしい!


 それにしても、あの素敵な紳士ぶり!なんなの!?


 火照る頬を両手で押さえて立ちすくんでいると、背後から声が聞こえた。


「学園内で何してんだよ。節操ないな」


 振り向いて確かめなくても分かる。こんな言い方をするのは、カイルしかいない。


「何もしてないわよ」


 私はそう言うと、声の主を振り返った。腕と足を組んで壁にもたれかかっているのは、思った通りカイルだった。


「なんでここにいるの?」

「呼ばれたから」

「誰に?」

「知り合い」


 カイルはアレク先輩と知り合いなの?意外な組み合わせ。


「じゃあ、入ったら? 中にいるよ」


 図書館のドアを指差して言うと、カイルは私の目を見ずに答えた。


「暗いから送ってく。どこ?」

「え、いいよいいよ」

「いいから、行くぞ」


 行き先を告げると、カイルは私の前をスタスタと歩きだした。こうなってしまっては、もう黙ってついていくしかない。

 確かに歴史あるレンガ造りの学園は、夜はちょっと不気味。こういう時間にはおばけが出そう。


「カイル、あの、ありがとう」


 カイルは何も言わずに、黙々と前を歩いている。


 ローランドのことがあるから、カイルにはあまり近づかないようにしている。カイルも私とそれほど親しくしようとはしない。

 当然かな。ローランドは嫉妬深いから。


「あ、こっちが近道だよ」


 カイルが反対方向へ行こうとしたので、私は弓道場の方向を指差した。


「そっちはダメだ」

「なんで?あ、そうか。まだ弓道場にローランドがいるんだ」

「もうすぐ大会だ。雑念はないほうがいい」


 そういうことか。そうだよね、私とカイルが一緒にいるのを見たら、精神集中できないかも。

 やっぱりさすがだな。カイルはローランドのこと、本当によく分かってる。


「そういえばね、さっき、ローランドから結婚の相談をされたよ」


 沈黙の気まずさに、私はカイルが食いつきそうな話題を振った。


「結婚? 」

「うん」

「いつ?」

「早くても卒業してから」

「そう」

「カイルもそれがいいでしょ?」


 私の問いにカイルは立ち止まった。そして、ゆっくりと私のほうを向いた。

 群青色の瞳がキラキラと光っている。


 アレク先輩やローランドが陽なら、カイルは陰。夕闇の中で見るカイルは、夜に溶け込んでいるみたいだった。


「別に」

「何それ、無関心」

「俺には関係ない」

「え、なんで? 気になるでしょ? 」


 当事者が関係ないわけない。その証拠に、カイルは私の言葉を聞いて、そのまま固まってしまった。

 図星を突かれて、動揺しているんだろうか。もしかしたら、私に知られたくなかったのかもしれない。


 世間体を考えれば当たり前だ。覚悟ができてカミングアウトするまでは、結婚話は進められない。


 それが普通の考えだと思う。ローランドが焦り過ぎなんだ。やっぱり、私が一肌脱いであげないと!


 そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  無自覚小悪魔と書いてクララと読みます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ