1. アメジストと占い
「まあ!貴方、モテ期到来よ!運命の男性が三人も!」
占い師のオバさんは、水晶玉を覗き込みながら、ニコニコとそう言った。
え?なんで運命の人が三人もいるの?
「まさかの三股、四角関係?」
後ろで聞いていた親友のヘザーが、ヒョイと首を出して言った。
三人と同時進行?絶対ない!ありえない!
「オバさん!それ、どういうことなんですか?もっと詳しく教えて!」
「おネエさん!……と呼びなさいね?」
「あ、はい。お、おネエさん、教えていただけますか?」
私が言い直すと、おネエさんはニッコリ笑ってから、水晶玉をくるりと撫でた。
「そうねえ。三人の男性から熱烈に愛されちゃう運命よ!誰を選んでも、全然オッケー!」
その答えを聞いて、私は胸をなでおろした。意外と普通の運命だった。
「なんだ。お…ネエさん、脅かさないで!つまり、一人の男性と結ばれるのよね?」
とにかく、運命の相手がいるってこと。それは素敵。
「クララ、なに喜んでるの?三人からしか選べないのに」
「別にモテなくてもいいもの。好きになった人に、好きになってもらえれば」
私は貧乏男爵家の娘。そんなにたくさんの縁談が来るわけない。
それに、大事なのは、たった一人の愛する人から愛されるってことでしょう?
初恋もまだ。夢見る乙女。好きな人と両思いになって、そのままゴールインというのが理想。
「ふーん。それで、おネエさん、その三人はビッフェ?それともコース?どんな風にクララの前に現れるんですか?」
お……ネエさんの返答を聞いて、ヘザーがすかさずトンデモない質問をした。
つまり、食べ放題のように同時に皿の上に盛って食すか、コース料理のように一皿ずつ食べるのかという話?
なんとなく卑猥な意味に聞こえるのは、私の勘違いじゃないと思う!
「うーん。逆ハーっていうのは流行りだけど、女性はそういうのは無理ね。生存本能で、一人の男性を愛してしまうものなの」
おネエさん、ヘザーのふざけた質問に、ちゃんと返答してるし。真面目?
「もういいです。とにかく、私は三人の男性に巡り逢う。その中の一人と恋に落ちる。そういう、単純な理解でいいですよね?」
「ま、そういうことね」
「よかった。それなら、幸せになれそう」
私がにっこり笑ってそう言うと、おネエさんは少しだけ微妙な顔をした。え?何?何か問題あるの?
「まあねえ。でも、みんな素敵男子よ。どうやって選ぶ?」
「クララ争奪戦になるんだ。大変だわね」
ヘザー、本当に余計なことしか言わない。もう黙っていてほしい。面白がっているだけに聞こえる。
「そうねえ。普通だったら荷が重いわね。素敵男子の恋心を、ズタズタに引き裂くわけだし」
何、それ。すごく不穏な感じ。そんな大げさなことになるの?
「あの、それはどういうことですか?結ばれなかった二人は、どうなっちゃうんですか?まさか、死んじゃったりしないですよね?」
それは困る。他人の人生をそこまで破壊するとか、なんでそんなことに……。泣きそう。
「ドロドロ設定?ストーカーとか刃物沙汰だったら、今のうちに予告してもらうべきよ!予防と対策のために」
ヘザー、あなた本当に私の親友?おちょくるのも大概にしてほしい。
おネエさんも、ちょっとは怒ってくれていいのに。
「うふふ。心配しなくてもいいわ。実は私、縁結びが専門なの。ちょっとしたお守りを選んであげちゃう!」
おネエさんは店の商品のパワー・ストーンの中から、三つの石を取り出した。
アメジストとペリドットとガーネットかな?
「どう?どの石が好き?あまり考えずに、直感で取ってみて。そっちのお友達も、一緒にいいわよ」
「私もですか?じゃあ、クララが選んでからで」
「あら、そうぉ?ふうん。まあ、いいわ。じゃあ、あなた、先に取って」
そうだな、どの石も好き。でも、私の瞳は紫だし、やっぱりアメジスト。
そう思って、石を一つを手に取った。
「あらぁ、王道!そうね、あなたの瞳の色だものね。紫は高貴な石よ。冷静と情熱のバランスを取って、正しい判断で人を見抜く力があるの。なるほどねぇ……」
アメジストは、大切な人との絆を深めて、愛を育む強さを与えると言われている。
「お友達、よかったわねぇ。あなたは結ばれても結ばれなくても、お相手は一人だけよ。石はコレね、ペリドット。色男さんの浮気も、うまくコントロールできるわよ」
オリーブ緑のパワー・ストーン。ペリドットが持つ意味は『夫婦愛』だったかな。浮気防止や夫婦円満に役立つらしい。
でも、ヘザーって、そういうモテ男が好きだっけ?
そっと覗き見ると、ヘザーの頬が微かにピンクに染まっていた。
誰か心当たりがあるんだ! 親友の目は誤魔化せないわよ。後で問い詰めないと。
「その石は、あなたたちを導いてくれるわ。お守りみたいなものね。買ってくれたら、占いはサービスにしちゃう!向かいの『占いの館』じゃなくて、こっちに来てくれたお礼ね!」
「わあ、ありがとうございます!」
石の料金を払うと、私たちはお礼を言って、小さなお店を後にした。
本当は、当たると評判の占い師がいる『占いの館』に来たのだった。
明日、高等教育機関である王都の学園に入学する前に、恋愛運を占ってもらうために。
でも、東洋からの旅行者らしき女子学生でいっぱいで、中に入れなかった。
残念に思いながら、向かいにあったパワー・アイテムのお店に入ったら、レジのオバ…おネエさんが代わりに占ってくれたのだった。
「魔法に比べれば占いなんて非現実的だけど、でも結構楽しめたね」
魔力があるヘザーにしてみれば、そうかもしれない。でも、私には魔法も占いも別世界の話だ。
「うん。パワー・ストーンも買えたし、ラッキーだったね」
私たちはうふふふと笑いあった。それは花も恥じらう十七歳。春の日のことだった。