3. デビュタントです
「……綺麗だ。よく似合っている」
ユリウスは目を細め、眩しいものでも見るようにエリーに言った。
愛おしさが滲み出る表情に一瞬ドキリとする。
エリーゼもエリーになりきれるよう努力してきたが、さすがにここまで演じるのは無理だ。
(ああ、もしかして)
エリーゼは、ユリウスが自分の中にアンジェリーヌの面影を見つけたのだと気付く。ユリウスの想い人はエリーゼの母、その人だ。恋愛感情とは少し違うのかもしれないが。
今回のドレスは、そんなユリウスが選び贈ってくれた物。皇女だった頃のアンジェリーヌが着ていたドレスと、どこか似ているのかもしれないと思った。
(これなら誰も疑いはしないでしょうね)
意図したものかは分からないが、ユリウスは娘エリーを溺愛している設定だから、あの眼差しもしっくりくる。
ならばとエリーゼも、巡り会うことが出来たことの喜びに瞳を潤ませ、はにかむように頬を染めながらお礼を言う。そばで見守っていた使用人たちが、思わずといった感じで目頭を押さえた。
プロイルセン国の王宮に潜入した時にはほぼ皆無だった、自分の演技スキルが上がっていることを実感する。
そして、ユリウスが流した噂も確実に広まっていた。
「では、行こう」
「はい。お義父さま」
差し出されたユリウスの腕に手を添えると、会場へと向かった。
◇◇◇◇◇
公王弟の実子かもしれない養女を、一目見る為にやって来た貴族で会場はいっぱいだった。
もちろん招待状が無ければ、やって来ることは許されないだろうが。
この国ではまだ、親が自分の屋敷で成人した娘をお披露目し、社交界デビューとするケースも多い。
それが今回、なぜかエリーのデビューのタイミングで、しっかりとした合同の式典が開催されたのだ。
入り口外に並ぶデビュタントたちが順に呼び入れられ、エリーとユリウスはラストに名前を呼ばれた。
だが扉はもう閉められており、ユリウスの妻の座を狙っていた令嬢たちは、鋭い視線を豪華に飾らた短い階段向けた。
公王家の者だけが使える控え室に繋がる階段。
好意的なものもあれば、初めて社交界に入ってくる平民出身のエリーを値踏みしようと、冷ややかに見ている者もいる。
そこから、ユリウスにエスコートされたエリーは現れた。
想像以上のエリーの容姿に皆が息を呑む。
ユリウスそっくりな瞳と髪色に美しい顔立ち。実子ではないと言われた方が、違和感を覚えるかもしれない。初対面で色が与える印象はかなり大きい。
まさかルークの魔道具で変身しているとは、誰も気がつかないだろう。それほど彼は優秀な魔術師なのだ。童顔でいつもヘラッとしていても。
食い入るような視線の中、赤い絨毯が敷かれた階段をゆっくり下りる。
本当に病弱で気弱な令嬢だったら萎縮してしまい、足でも縺れたかもしれないが。鍛えられたエリーゼの脚は、今ではどんなに高いヒールを履いても、全力疾走が問題なくできる。
(ま、どこから入場しても、きっと注目度は同じでしょうけど)
この登場の仕方は、特別な地位の者にしか許されない。
だというのに、公妃が公女のデビューの時と同じにしてあげたいと、頑として譲らなかったのだ。
エリーゼとしてなら「いえ、普通で大丈夫です!」ときっぱり断れるが、控えめなエリーは判断を義父に委ねるしかなかった。
結局――。
「これは公王陛下に認められた存在としてアピールできる、絶好の舞台ですからね!」との、公妃の一言で決定してしまったのだ。
エリーとユリウスが階段を下りきると、公王、公妃、公太子、公女が登場し、やっと視線が外されホッとする。
そして、公王の祝辞が述べられ舞踏会が始まった。
◇◇◇◇◇
「あー、疲れた」
無事に舞踏会も終わり、湯浴みも済ませたエリーゼは、一人になるとベッドへダイブするように倒れ込んだ。
『おつかれ』と、ベッドの中からひょっこりフェレット姿のデールが顔を出す。
「な! デールったらサボって寝てたの!?」
舞踏会が始まってからは、会場内に入れないデールは暇だったのかもしれない。デールならいくらでも勝手に入れるだろうけど。
「ずるい……」
エリーゼはジト目でデールを見る。
『おいおい、失礼だな。せっかく癒してやろうと待っていたのに。必要ないなら戻るけど?』
「え、うそ、ごめん! 今の私に癒しは必要だわ!」
『だろ?』
「まあ、体力は有り余っているけどね」
エリーはダンスを二回しか踊っていない。
一回目はパートナーであるユリウスと。二回目は公太子オードリックが誘いに来た。
「パートナーにはなれなかったけれど、ダンスだけなら大丈夫だよね? ねっ、叔父上」と言われ、ユリウスも頷くしかない。
とりあえず、体力が無くても二曲くらいなら問題ないだろうと。
公王似の体格に公妃譲りの甘いマスク。これで、剣の腕が立つのだから、令嬢に人気があるのもよくわかる。
多分、妹である公女レティシアのように、エリーのことも従妹というより妹のように思ってくれているようだ。
その後は体が弱いことを理由に、踊らずユリウスについて挨拶回り――というか、次々とやってくる貴族に挨拶をしていた。
横にはユリウスがピタリとついて、少しでも無礼な物言いがあれば許さないといった雰囲気を放っていたせいか、表面上は好意的な人ばかりだった。
ある程度、この国の家門は事前に覚えておいたので、顔と記憶を照らし合わせながら受け答えした。
一気に情報量が増えたので、疲れたのは頭の方かもしれない。
「頭じゃなくて体動かしたい。早く公爵邸に帰って訓練に参加したいな」
『たまにはオレも付き合ってやるよ』
「ふふ……ありがと」
うとうとし始めたエリーゼは、今更だがエリーのパートナーがもしもアルだったら、どんな事態になってしまったのだろうと考える。
「……良かったのよ、これで」
エリーゼは独り言のようにポソリとこぼす。
そのまま、スゥーッと寝息をたて始めたエリーゼを、デールはしばらく黙って見詰めていた。




