22. 残された謎
「そうか神聖帝国の――」
アルは驚いているみたいだが、混乱はしていない様だった。ただ少し、考えを纏めているのか独り言みたいに呟く。
「あまり驚いていないのね」
「それは……まあ。エリーゼの両親は、普通の平民には全く見えなかったからな。でも、何でエリーゼは一緒に行かずに、エグゼヴァルド公爵家の養女に?」
アルの疑問はそこらしい。
エリーゼの剣の腕を知っているせいか、「そんなに騎士になりたいのか?」と聞く。
「うん、そうなの。私はこのまま、騎士になりたいから」
理由の一つはそうだから、嘘ではない。
けれど、公爵令嬢として騎士になるのは流石に無理だろう。なんせエリーは病弱な公爵令嬢なのだから。
今は、それならそれで構わないと思っている。
エリーゼにとって、騎士になることが最終目的ではない。騎士になりたかったのは、前世でしてもらったように、大切な誰かを守れる存在になることなのだ。
とはいえ、アルが心配だから……と言うのは恩着せがましいような気がするし、エリーゼが勝手にそうしたいと思ってすることなので、言うつもりは毛頭無かった。
一気に喋ったせいか、喉が渇いたのでアルが入れてくれたお茶を飲む。
「あ……美味しい」
正直、王子であるアルがお茶を手ずから淹れるとは思っていなかったし、味も期待していなかった。
「そうか? なら良かった」
「普段から自分で淹れるの?」
「まあ……ルークが味にうるさかったから、練習したんだ。飲みたかったら、いつでも来れば淹れるよ」
(いつでもって……)
エリーゼは、ぐるりと部屋を見渡す。
この部屋に来るのは、もう三度目だ。
最初の闘技場の方は、映像的な作り物感があったが……ここは、なんとなく見慣れてきたせいか、居心地は悪くない。
当たり前かもしれないが、微かにアルの匂いがする。香水などつけていない筈なのに。
アルの話では――。実際の魔塔の方が、それぞれの部屋の持ち主の趣味趣向で、雑然とした研究室もあれば、草木が生い茂るような森のような部屋まで様々らしい。
魔塔関連の場所に、部外者がそう頻繁にやって来るわけにはいかないだろうが。「ありがとう」と社交辞令で返事をしておいた。
「アルは卒業したら……どうするの?」
訊いてもいいものかと迷ったが、ここまでお互いのことを知ったのだから、遠慮するのも変だろう。
「卒業したら国に戻るつもりだ」
「そう」
「ただ、考えはある。当初の国王陛下との約束通り、プロイルセンの第一騎士団に所属するつもりだ」
「え……?」
エリーゼは、アルが公国に来た本当の理由を聞いた。
誓いはもう、国王とアルの間で撤回されているらしく、第二王子の剣になる必要はない筈だ。
それに、第二王子の剣であるなら、対象者を護る近衛騎士団の上層にならなければおかしい。
例え、アルの強さを知らなくとも。
「多分だが、側室の母は俺を第一騎士団に入れさせたいんだ。きっと……何か罠が仕掛けられている」
第二王子の剣の話を初めに出したのは、王妃の方だったが――。
洗脳しながら、アル自ら剣になるように仕向けたのは側室だ。王妃とは別の思惑で。
第一から第三騎士団は、他国との外での戦いが主だ。
だったら、それに乗るとアルは言った。
「危険じゃないの?」
エリーゼは尋ねながらも、危険に決まっているだろうなと思う。
本来、王族を護るべき仲間の騎士団員が、アルの味方とは限らない。
「もちろん危険だろう――だけど、それが一番確実に、向こうの目的をハッキリさせられる。まだ暫くは言いなりになって、油断させておくつもりだ」
アルが持つ竜の力を継承していると見せつければ、王太子の資格は得ることは出来る。
けれど、それだけではダメなのだ。
揺るがない証拠を掴まない限り、側室や神殿の者がそのままの状況で残る。そうなれば、また次の手が打たれるだけなのだから。これはアル自身の戦いなのだろう。
「……死なないでね」
エリーゼは、ストレートに言った。気をつけてなんて曖昧な言葉じゃ足りない。
「俺に何かあったら……悲しんでくれるか?」
アルはエリーゼの頬に手を伸ばす。
自分の頬にあるアルの手をそっと握り――ジロッと睨む。
「悲しまないわ。むしろ、一生罵ってあげる。口だけ王子って」
「それは……ちょっと嫌だな」
「だって、あなたは私の友達としてずっと隣に居るって言ったじゃない。そんな弱気なら、卒業までの残りの一年で、きっと私の方が強くなるわ」
エリーゼなりの仲間への激励。
「……そうだった」とアルは笑う。
「じゃあ。エリーゼが成人して、最初のダンスパーティーのパートナーは、俺にするって約束してくれないか?」
この国で、成人を祝う社交界のお披露目は、十八歳から二十歳の間にしなければならないと、先日学んだばかりだ。
「それまでに絶対決着つけて、迎えに行くから」
「わかったわ。じゃあ、その頃には私も立派な公爵令嬢になっておくから」
「約束だ」
「望むところよ」と、エリーゼは戦いに挑まれているような気になる。
重なっていたエリーゼの手を掬うように掴むと、アルはチュッと手の甲にキスをした。
「意味を知っても、撤回はしないからな」とボソリと言って。
◇◇◇◇◇
――それから残りの騎士学校生活、皆それぞれ目標に向かって訓練に励んだ。
ただ一つ、おかしな事があった。
三年生になった時、エリーゼはたまたま寮の同室になる後輩がいなかった。
なので、一人部屋になったのだが、少し寂しいとこぼしたら――
「エリーゼは、ずっと一人部屋だったじゃない」とブランシュは言った。
「何言っているのよ。デジレ先輩が居たじゃない」
「……誰それ?」
「だから、一つ上の先輩よ! 前に、ほら! ラインハルト先輩のパートナーになって、部屋からドレスを運んだ時も会ったでしょ」
「会ってないわよ。あなたの部屋のベッド、一つしか布団は無かったじゃない!」
「――え?」
エリーゼは、デールを見た。
『確かに、エリーゼの部屋は誰も居なかったぞ』
デールはエリーゼに嘘は言わない。
二年間、同室だったはずのデジレ•アズナヴールは、騎士学校に在籍していなかった。
だいぶ期間が空いてしまい、申し訳ありません。
第三章はここまでです。
次から第四章に入ります。
本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m




