21. 悩む義父ユリウス
「伝えるのは構わない。ただし――アルフォンスも、ルークと同じように誓約を交わすことが絶対条件だ」
ルークは自分から誓約を望んだそうだ。
ユリウスのモノクル越しの瞳は、表情に比べて冷たいように感じた。
けれど、それは必要なこと。
ユリウスは、アンジェリーヌを万に一つも危険に晒したくないのだ。エリーゼの生まれる前から続いている覚悟が、ひしひしと伝わる。
プロイルセン国のアルの立場は、これからどう変わって行くのかまだ分からない。
一度引き受けた以上、ユリウスはこれからもアルを支援していくつもりでいるが――。
様々な柵が権力という刃を使い、プロイルセン国を利用する可能性も考えておく必要がある。
大切な存在の秘密に関わることは、どんな状況下でも徹底して守らせなければいけない。
騎士としての矜持だけではなく、これはユリウスにとって絶対に譲れない――譲ってはいけない誓いなのだ。
「ありがとう存じます。お義父様」
エリーゼ……否、エリーがドレスの裾を摘み、お辞儀をすると、ユリウスは驚いたように片眉を上げた。
「この短期間で、随分と板についているじゃないか」
つい完璧にやり過ぎてしまい、一瞬焦ったが……
「それは良かったです。必死で練習した甲斐がありました」
努力したのだから当然ですよと言わんばかりに、ふふっとアンジェリーヌを真似て微笑んでおく。
サイドに少しだけ垂らしてある、エリーの絹のようなシルバーブロンドの髪がサラリと揺れる。
まだ成人していない令嬢ということで、髪は綺麗なハーフアップにまとめられていた。
公爵邸での身の回りの世話は、兵士学校でエリーゼの部屋を担当してくれていたロザリーだ。その頃から、エリーゼだけではなく、アンジェリーヌとも面識がある。
彼女は、ただのメイドではなく公爵家の侍女長だった。
道理でと思ったが、エリーゼとエリーの秘密を知ってはいても、神聖帝国の件は教えられていない。
いつも温和な笑顔で完璧に仕事をこなすが、余計な詮索を一切しないプロ。だからこそ、ユリウスやイザックに認められているのだろう。
先ずは何事も形から――と、イザックは見た目からエリーになるよう、ロザリーに指示を出した。
こうしたユリウスとの会話も、公爵令嬢になる為の訓練の一つだ。
「……ところで」
とユリウスは、机に肘をついたまま手を組みエリーゼをジッと見た。
(どうしたんだろう?)
ついさっきまでの様子とは違い、ユリウスは言いづらいのか言葉を選んでいるようだ。
「なんでしょうか?」
「単刀直入に聞くが、エリーゼはアルフォンスをどう思っている?」
今更、何故そんなことを尋ねるのかと、エリーゼは不思議に思うが……。
(秘密を打ち明けるのだから、私がどれだけアルを信用しているかってことよね?)
エリーゼは、今度は騎士らしくハキハキと答える。
「とても信頼できる友達です!」
「友達、か」
ほんの少し、ユリウスの視線が緩む。エリーゼは正解だったと安堵する。
ガスパルとユリウスも信頼が厚そうだった。友達というより好敵手に近い気もするが。
「はい。アルも、私を大切な友達だと思ってくれています。ずっと私の隣にいると誓うほどで」
「……うん、ちょっと待て」
なぜか、ユリウスはエリーゼが喋るのを制してきた。
頭痛でもするのか、指で眉間を押さえている。
「お義父様? もしかして体調がよろしくないのですか?」
エリーゼは声を抑えて訊いた。頭痛の時、大きな音はこの上なく不快なものだ。
「大丈夫だ……いや、大丈夫ではないかもしれないな。さて、どうしたものか」
「今日はこの辺にして、ゆっくり休まれてはいかがでしょうか?」
「そうだな。少し、時間が必要なようだ」
若干、ユリウスとの会話がチグハグな気がして、エリーゼは心配そうに義父を見る。
「ロザリーかイザックを呼びましょうか?」
「いや、いい」
具合は悪くないと言うので、エリーゼは挨拶だけしてユリウスの執務室をあとにした。
◇◇◇◇◇
エリーゼが出て行くと、扉が静かに閉まる――。
ユリウスは真面目な顔つきになると、無意識に中指でトントントントン……と机を叩く。考え事をする時の癖だ。
エリーゼは相変わらず友人だと思っているが、アルフォンスは全く違う。そもそも、容易く「誓う」などと言う性格ではない。
(確かに……)
暴走し自虐的になってしまったアルフォンスの救いに、エリーゼがなってくれたらとユリウスは望みをかけはしたが。
「義理とはいえ、父親となった立場では複雑なものだな」
といっても、結婚をしたこのないユリウスにとって、エリーゼは親戚の子のような感覚に近い。
アルフォンスがエリーゼと良好な友人関係だと、兵士学校時代から報告を受けている。
その後、様々な出来事がありより絆は深まっているが、身分が違い過ぎていた。
(話を聞いた限り、アルフォンスの片思いだろうが。王族と平民の叶わぬ恋だったとしても、若ければ、失恋の傷もいつかは乗り越えらるものだ)
ユリウスは指を止め、机と一緒に叩かれていた書類に視線を落とす。
「だが――状況は変わった」
ユリウスは呟く。
アルフォンスは、本来居るべき自分の場所へ向かおうと動き出している。
同時に、隣国の神殿や神聖帝国が関わっていることが判明し、不穏な状況ではあるが。
(もしも、全てが解決し――)
アルフォンスの出生や能力が明るみに出れば、王位継承権第一位になる。
そして、エリーゼはもう平民ではなく公国の公爵令嬢という立場になった。
(二人が望めば……婚姻も可能になるな)
親であるアンジェリーヌとガスパルは、エリーゼの気持ちを一番に考えている。ユリウスも、それに従うまでだ。
「まあ。まだ、先のことだがな」
ガスパルの号泣する姿が容易く想像できる。どうでもいいが、酒が入ると面倒くさいのだ。
とりあえず、エリーゼとアルフォンスの関係を、どう二人に報告するかがユリウスの目下の悩みになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
年内の更新は最後となります。
更新ペースが疎らで申し訳ありません。
来年は、恋愛要素をもっと入れられるよう頑張りたいと思います。
皆さま、どうぞ良い年をお迎えください。




