19. 取るに足りない思い出話
「アルには正直に伝えればいいじゃないか」
「それはっ……」
「幼い頃とはいえ、エリーゼの両親と面識があるんだろ。しかも、アンジェが光魔法を使えることを知っている。だったら下手に隠すより、引き込んだ方が良くないか?」
「まぁ……そうなんだけど」
デールの言うことはもっともだと思いながらも、エリーゼは歯切れの悪い返事をする。
ユリウスが広める噂が耳に入ったとしても、アルならばエリーゼの過去を暴露することもないだろう。
ただ、疑問に思うだろうし、友達なのにと気分も悪くなるかもしれない。
公爵邸で教師を待つ間、お昼のやり取りについてデールに相談していた。
授業中も何か言いたそうなアルの視線がチクチク刺さったが……授業後すぐにルークから呼び出されたので、結局なにも話さず終い。もの言いたげなアルを教室に残したまま、やって来てしてしまった。
避けたと思われたかもしれないと、エリーゼは少しだけ落ち込む。
呼び出しの要件は補講だった。
二年生のうち、平民なのはエリーゼとデールだけ。
以前ブランシュが教えてくれた、ダンスや貴族の基本教養を身につけるための補講を始めるということだった。
それも学校側のカリキュラムの都合で、三年生になるのを待たずして。確実に上から圧力がかかったのは明白だ。
ダンスや基本的な教養は、前世の知識と共通していた部分も多く、ブランシュからも特訓を受けたので問題ないけれど。
公国についてや、公爵令嬢ほどの高い地位は経験したことがないので、そちらの勉強をしなければならなくなった。
せっかくなら補講時間を有効に使って、騎士学校卒業までに叩き込んでもらうことにしたのだ。
幸い、この時期に忙しくない教師は、担任を持たないルークぐらいなのでより都合がよかった。
今頃、補習室はルークの実験室と化しているだろう。
「こっちもアルの事情を知っているしな。エリーゼの秘密なら絶対に口外しないし、むしろ協力するだろ」
「うん、そうよね……」
(アルのことは信じている)
けれど、みんなが必死で守ってきた秘密を、勝手にエリーゼが第三者へ話してしまうことに抵抗があるのだ。
それぞれが、計り知れない思いを抱えてきたのだろうから。
ユリウスの養女になる話をするなら、その経緯も伝えなければ、アルは納得できない筈だとエリーゼは思う。
「ルークの奴も知ったんだから、アルにバレるのは時間の問題じゃないか?」
「ただ、ユリウ……お義父様には、確認すべきかしら?」
つい『ユリウス先生』と言いたくなるが、公爵邸では呼び方を『お義父様』にしなければならない。
「エリーゼが納得するやり方でやればいい。オレがついているんだしな」
「そうね、早めに訊いてみるわ」
自信満々のデールにクスッと笑う。デールに話すことで、エリーゼは気持ちが軽くなった感じがした。
「ところで、公爵令嬢ってどんななんだ?」
「一人だけ、前世に知り合った公爵令嬢は居たけれど。彼女は特殊だったから――参考にもならないわね」
うぅん……とエリーゼは眉根を寄せた。
前世の社交界で仲良くなった人物は、高貴な令嬢としてはちょっと変わり者だった。
「特殊って?」
「当時の演劇で流行っていた悪役令嬢に憧れていてね。ずっと真似していたのよ、彼女」
「へー、悪役令嬢ねぇ。どんな感じなんだ?」
「どんな……って言われても」
どう表現したらいいか迷っていると、デールは「やってみて」とエリーゼを見た。完全に面白がっているようだ。
「……しょうがないわね」
うまく説明できないので、真似した方が早そうだとエリーゼは立ち上がる。
ツカツカと移動し、椅子に座っているデール前に立つ。
顎をツンと少し上げ、さも扇があるかのような仕草をする。
顔から笑みをスー……ッと消し、半眼でデールを見下ろした。エリーゼの纏う空気が一気に冷える。
『あなたは、私の言うことだけ聞けばいいの』
強かに命令し、無表情のまま床を指す。
『――跪き、口付けなさい』
この国の公用語ではない言葉で言って、エリーゼは足を一歩出す。
デールは目を見開くと、徐に跪こうとした。
「ちょ、ちょっと! 本当にやらないでよ!」
エリーゼは慌てて素に戻り、デールを止める。やはり悪魔には言葉の壁は無いらしい。
「凄いな。なんか逆らえない感じでゾクゾクした」
「もう! デールがやれって言ったんでしょ!」
デールが変な扉を開いてしまわないか心配になる。
「その令嬢、誰に向かってそんなこと言っていたんだ?」
「…………執事。で、でもね、あくまでも演技だったのよ。執事のことが好きだったけれど、政略的に結ばれていた婚約者がいたから。傲慢に振る舞って、いっそ嫌われた方がいいって」
「へえ。で、嫌われたのか?」
「ううん。それどころか婚約者の浮気を知って、執事と駆け落ちしたわ」
「やるな、公爵令嬢。それから」
とデールが言いかけたところで、トントンと扉がノックされた。紆余曲折あったその後の話については、また今度になりそうだ。
エリーゼが「どうぞ」と返事をすると、山積みの本を抱えたイザックがやって来た。
ドサッと机の上に本を置くと、イザックはにこやかに言う。
「本日は、公爵領についての歴史を学んでいただきます」と。
そう。エリーゼとデールの特別講師はイザックだった。
『執事と駆け落ち、ねぇ……』
デールは興味のない歴史書を開き、ぼそっと呟いた。




