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17. 改めて見えてくるもの

 エリーゼは両親と共に公爵邸で一泊し、戸籍上では最後となるかもしれない親子の時間を過ごした。

 といっても、一生の別れになるわけでもない。

 なのにデールは気を利かせたのか、自分の存在そのものを消してしまう。


(デールも家族なんだから、一緒に居たらいいのに……)


 エリーゼはその悪魔らしくない気遣いに、手首をそっと撫でた。


 ガスパルとアンジェリーヌに挟まれて、大きなベッドの真ん中でエリーゼは横になる。

 学校のことや友人のこと、エリーゼが手紙に書こうとした内容を話した。小さな頃に戻ったように、両親の温もりを感じながら。

 

 そして、いつの間にか夜は更けて行った。




 翌朝――。


 早めの朝食を終えた頃合いで、正装に身を包んだユリウスがやって来た。見送りのために。


 エリーゼたちが学校へ戻るより先に、アンジェリーヌとガスパルは帰ることになっている。

 数日前から滞在したので、そろそろ気のいい近所の住人達が気付いて、さすがに心配するだろうからと。


 珍しいこともあるものだとエリーゼは思った。


 年寄りが多い集落だから、両親は近所に気を配っている。人手が足りなければ手伝い、具合が悪ければ看病もする。しばらく留守にする時は、必ず声をかけておいた。

 けれど今回は、何も伝えずに家を空けて来てしまったらしい。


(急だとしても、その位の時間はあったはず。もしかしたら……家に戻れなくなることも覚悟していた?)


 それだけ、緊迫した状況を経験して来たということだ。集落の人々は、何も知らない方が安全――そういうことなのかもしれない。


 エリーゼは以前、不思議に思ったことがある。

 アンジェリーヌが、治癒魔法を使わないのは何故なのかと。

 昨日の話で理由がわかってきた。


(魔法を使うと、目には見えなくとも痕跡が残るから……)


 属性に関わらず、魔力があまり無ければ当然魔法も見合ったものしか使えない。その程度であれば、短時間で自然に薄まり消えてしまう場合がほとんどだ。


 魔法の授業で痕跡について勉強した時、エリーゼは何となく前世の知識を思い出した。

 血液は指紋と違い、しっかりと拭き取ったとしてもルミノール反応が出る。推理ものによく出てくる話。

 弱い魔法の痕跡が指紋だとしたら、強い魔法は血痕のようだと。原理は全く違うが似ていると感じたのだ。


(母さまが聖女に次ぐ皇女であるなら、魔力はかなり濃いはずだもの)


 つまり、濃くて強い魔力はそれだけ消すことが難しい。神聖帝国の同族ならば、簡単に跡をつかめるだろう。

 

(だから母さまは、結界は張っても治癒魔法は使わなかったのかもしれない。人から痕跡は消せないし、動いてしまうもの……)


 誰がどこで関係者と繋がるか。巡り合わせとは分からないものだ。現に今がそうなのだから。


 わざわざルークが迎えに行ったのも、家に残っているだろうアンジェリーヌの魔力の跡を、確認する役目があったのかもしれない。

 本人に訊いたことはないが、オーラが視えるルークなら、痕跡を見つけ出して消すことも可能な気がした。


 ルークが待機してる場所へ向かいながら、エリーゼは両親の後ろ姿を見詰めた。


(それでも、きっと……。大切な誰かの為なら、母さまは命をかけても力を使うわ)


 そして、父ガスパルは全力で妻を守ろうとするのだろう。 

 エリーゼが生まれてから、たまたま使う程の事がなかっただけ。

 アンジェリーヌの背中に、過去の自分を重ねた。


 自分の油断が最悪の事態を招くかもしれないのだと、エリーゼは改めて気を引き締める。

 

(誰にも疑われないような公爵令嬢にならなくちゃ)




 ◇◇◇◇◇




「公王からの承認は、難なく得られるだろう」


 転移陣の上に立った、ガスパルとアンジェリーヌに向かってユリウスが言う。ルークも居るせいか、公王弟らしい態度を保ちながら。

 

 兄である公王は、ユリウスの事情を知っている。

 ユリウスも、戦場でアンジェリーヌに命を救われた一人だった。

 

 聖女の結界で守られている神聖帝国に、魔物が入り込むことは滅多にないが……結界から一歩外へ出れば、北部とはまた違った魔物が多く生息している。


 その討伐に特化していたのが聖女の加護を受けた聖騎士団だった。要請があれば各地に赴くが、基本は聖女のいる神殿と皇宮を守っている。

 領地ごとにいる騎士団や、平民から集められる傭兵団とは別の存在。留学していたユリウスは実力が認められ、特別枠で聖騎士団に所属していた。


 そして――。

 異なる神を信仰し、特殊な術を使って魔物を操る敵国との戦いに出征した。

 無事に勝利すると、ユリウスは戦いを終わらせた功績が認められ、神聖帝国とマージ帝国との友好関係は更に良くなった。


 ほとぼりが冷めた頃。

 先の戦いで死んだことになっている第六皇女と護衛とは違い、ユリウスは友好国の公爵令息として正式な手順を踏んで帰ってきた。


 様々な条件はあったものの、エグゼヴァルド公爵領が大きな争乱も無くマージ帝国から独立できたのは、ユリウスの活躍もあってのことだ。


 現エグゼヴァルド公王は、アンジェリーヌに感謝している。

 恩人を想い続けるユリウスの気持ちも、理解はしているが……兄として、一生独り身でいようとする弟をとても心配していた。


 それが恩人の娘を養女にすることになったのだ。反対するはずもない。公王には王子と王女がいるため、継承問題も関係ないのだから。

 事情を知らない公妃に至っては、公国の盾と言われるユリウスの後継者ができたことを喜ぶだろう。



「娘を、頼んだぞ」


 ガスパルは手を伸ばし、ユリウスと固い握手を交わした。

 それから、エリーゼとデールを抱擁しバンバンと二人の背中を叩く。ガスパルらしい子供たちへの激励。

 エリーゼだけでなく、デールもガスパルのこういうところが嫌いじゃない。


「父さま、母さま……また、すぐに会いに行きますから」


 ルークと共に、アンジェリーヌとガスパルは笑顔で手を振り光の中へと消えた。

 見送りが終わると、エリーゼとデールも騎士学校へ急ぐ。



 ユリウスはイザックから書類を受け取ると、すぐに公城へと向かった。




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