16. エリーゼ、養女になる
ルークに連れられやって来た屋敷の応接室には、主人であるユリウスの他に先客が居た。
それはエリーゼがよく知る大好きな両親であったが、いつもの笑顔なのに簡単に「父さま、母さま」と呼んではいけないような……醸し出されている雰囲気は、とても高貴なものだった。
一人掛けのソファーにユリウスが座り、アンジェリーヌとガスパルが並んで座った正面に、エリーゼとデールは座っている。
ルークはエリーゼに、一人で待つよう確かに伝えたが――当然の如くデールもやって来ていた。
ルークが複雑そうな表情をしていたのは、これを予期していたからだろう。
(この中で、上に立つのはやはり母さまだったのね)
上座も下座も関係なく座ってはいるが、ガスパルとユリウスはアンジェリーヌに仕える者なのだと、エリーゼは感じ取る。
――そして。
ユリウスと両親から、エリーゼが生まれるまでの経緯を聞かされた。
今まで、あやふやのまま受け入れていた内容を、エリーゼは暫し黙って考える。
その間、エリーゼを慮ってか、誰も声をかけてはこない。
ある程度は両親の過去について想像していたが。身分違いの駆け落ちが、まさかそこまで複雑に絡んだ事情があるとは思っていなかった。
(アルも相当な生い立ちだったけど、母さまにもそんな過去があったなんて……)
エリーゼが提案されたのは二つ。
両親と共にプロイルセン国を出て、神聖帝国から更に離れた地に移住するか、ユリウスの養女となりこの国で公爵令嬢として生きるか。
後者なら両親だけがプロイルセン国を去ることになる。
エリーゼは、両親が大切であると同時に、大変な状況にある友人のアルを放っておけない。
これが、前世を何も知らない只の少女だったら――アルも心配だが、両親と戸籍上でも離れなければいけない葛藤と不安で、結論はすぐには出せないかもしれない。
この場に居る大人たちもきっと、そう思っているだろう。
一時は、前世の記憶を持った状態が、自分であって自分でないような気がしていた。
でも、デールと出会い、全てを話せたことで考えが変わってきた。
(過去の記憶を持つ自分も含めて、私はエリーゼなのだから。だったら答えは決まっているわ)
どんなに人生を繰り返そうとも、今という瞬間は二つと無いのだ。
両親もアルも守れる選択。それがあるなら、迷う必要なんてない。
「わかりました。私、養女になります」
エリーゼは、はっきりとした口調で自分の意志を伝えた。
応接室を張り詰めていた緊張感が和らいだ。
「それが、エリーちゃんの気持ちなのね」
「はい」とエリーゼは笑みを返す。
アンジェリーヌは皇女の顔から穏やかな母の顔に戻る。
「エリーちゃんに肩書きが増えただけで、私たちの娘であることに変わりはないわ」
「その通りだ! エリーゼが会いたくなったらいつでも会いに来るぞ」
「父さまったら……。それじゃ意味が無いでしょ! 会いたくなったら、私が会いに行くから」
アンジェリーヌがクスッと手招きする。エリーゼは立ち上がるとテーブルをまわり、ぽすんとガスパルに抱きついた。
アンジェリーヌは、そんな二人をぎゅっと抱きしめてから、改めてユリウスにエリーゼをお願いする。
「お任せ下さい。エリーゼは私の命にかえても守ります」
ユリウスはサラリと重たい言葉を口にする。そして……
「デールも、エリーゼと共に養子にと思うのですが」
今まで存在を忘れていたデールに、皆の視線が向いた。
「それは有難いが」とガスパルが言いかけた所で、デールは自分から断った。
「オレは生粋の平民ですから、公爵家の養子なんて荷が重すぎます。どうせなら、あちらの元校長先生の養子にしてもらえたら嬉しいのですが」と。
デールは、一歩下がった所で待機していたイザックを見た。
「出来れば、執事として……恩あるエリーゼにずっと仕えたいのです」
殊勝なことを言うデールに、ガスパルは感動しているようだが……。
エリーゼだけには副音声として
『平民てか悪魔だし。公爵令息なんて面倒くさいうえ、勉強なんてするだけ無駄。どうせならテキトーに動けてエリーゼの傍にいる立場が便利でいい』と聴こえた。
「あ。何ならメイドとして、エリーゼの身の回りのお世話するのでも構いませんけど」
「「それは駄目だ!!」」と口を揃える、ガスパルとユリウス。もう、父が二人になったようだ。
エリーゼとアンジェリーヌは顔を見合わせて笑う。
空気を読んだ執事イザックは、コホンと咳払いをし
「不肖ながら私めが、デール君をエリーゼ様の、立派な執事となるよう育てさせていただきたく存じます」とデールを養子にすること快諾した。
実はイザックは出来る執事どころか、第三皇女から命を受け、他の皇族に気付かれないよう裏で動き、二人のパイプ役をしてきたのだとか。
しかも、いつかアンジェリーヌが誰かを頼る時が来るなら、相手がユリウスだと分かっていて、公国に身を置いたのだ。
もしかしたら、デールを自分の後継者に育てるつもりなのかもしれない。
(さすがに無理でしょうけど……悪魔だし)
そして、この場でエリーゼとデールの養子縁組の契約書が交わされた。
神聖帝国の件は今すぐではないだろうが、公王の承認を必要とするため、早めにということだった。
(転ばぬ先の杖……それだけ、神聖帝国が厄介な国ってことよね)
「あの」とエリーゼは、ユリウスに声をかける。
「なんだ?」
「養子縁組が成立しても、神聖帝国が関わってこないなら……せめて騎士学校に居る間は、公にしないでほしいのですが」
「勿論構わない。向こうの動きさえなければ、アンジェリーヌ様も隣国にいらっしゃるのだからな。ただ、公爵令嬢としての教育は受けてもらうことになるが」
「ありがとうございます。大丈夫です、頑張ります!」
エリーゼの意気込みに「頼もしいな」とユリウスは笑う。
「だが、神聖帝国の動向をどうやって早めに掴むかが問題だな」とガスパルはユリウスを見る。
「それについては問題ない。信頼のおける者が、しけ……いや、修行を兼ねてとっくに潜入しているからな」
ユリウスは自信があるのか、意味深長な微笑みを浮かべて言い切る。
(今、試験て言わなかったかしら?)
エリーゼはコテリと首を傾げた。




