15. アンジェリーヌの生い立ちと選択肢
「急にお呼びたてして申し訳ありません」
ユリウスは、自分の屋敷それも最上級の応接間で丁寧に頭を下げた。
使用人は全て下がらせ、その場にいるのはユリウスの他にはアンジェリーヌとガスパル、ドア付近に控えているイザックのみ。
「ユリウスったら、どうかそんなに畏まらないで。私たちはもう平民なのだから。それに今は友人だもの。敬語は無しよ」
「ねっ」とアンジェリーヌは隣に座るガスパルの手を握り、夫に同意を求める。
公の場や余計な使用人が一人でも居るならば、ユリウスはいくらでも公王弟として尊大に振る舞える。それが身分を偽るアンジェリーヌのためなのだから。
だが……この顔ぶれになると、どうしても以前の関係を求めてしまう。
ガスパルは苦笑して頷くも、自分がユリウスの立場であったら無理だろうなと思う。
なんせ相手は、騎士として一生を捧げるつもりだった存在なのだ。たとえ立場が変わったとしても、下に見ることなど絶対にできない。ガスパルですら、夫となってから敬語を封印するまでかなりの時間を要したのだ。
それでもアンジェリーヌの希望だから、ユリウスは従うしかない。しぶしぶ了承するユリウスに、アンジェリーヌは満足すると話を促した。
「それより、私たちに話があるのでしょう? 魔塔の優秀な魔術師さんを、わざわざ迎えに寄越すくらいの急用が」
ユリウスの深刻な雰囲気を感じ取り、アンジェリーヌは和ませるようおっとりと言うが、握っていた手には力が入っていた。ガスパルは妻の不安を少しでも払拭したくて、もう片方の節くれだった大きな手を重ね、包み込む。
「エリーゼのことか? それとも――」
ガスパルは、ユリウスに訊く。
「どちらもだ」
「どういうことだ?」
「まだ確信はないのだが。アルフォンスがプロイルセン国の第一王子なのは知っているだろう?」
「ああ」
「先ずはそこから間違い……というか、色々と仕組まれていたようだ」
ユリウスはルークの報告を元に、順立てて二人に説明していった――。
◇◇◇◇◇
「なんということを……」
骨肉の争いの辛さを嫌というほど分かっているアンジェリーヌは、唇を震わせた。
「まさか、アルにそんな事情があったなんてな」
ガスパルも顔を顰める。
エリーゼが拾ってきたことから始まり、兵士学校では剣を教え、一緒に魔物とも戦ったのだ。他人事とは割り切れない。
「万が一、神聖帝国がプロイルセン国に関与してくるようであれば、アンジェリーヌ様とご家族を、この国で匿わせていただけないでしょうか?」
いつの間にか敬語に戻ってしまったユリウスは、アンジェリーヌに懇願とも感じられるような眼差しを送る。
――アンジェリーヌは神聖帝国の第六皇女だった。
神聖帝国は信仰心が厚く、封鎖的とまではいかないが独特の思想をもった国だ。
神殿と皇族には深い繋がりがあり、代々皇族には神に愛された子として光属性が生まれる。強い光の力を持つのは皇女が多く、最も強い力を顕現した者が神殿に入り、聖女とし国を守るのが古くからの慣わしだった。
そして、聖女が兄弟の皇子から選んだ者が、皇帝となり国を治める。
当然、決定権のある聖女に取り入ろうとするのは、兄弟やその母である皇妃たち。
アンジェリーヌは、皇妃の中でも身分の下の母を持ち、ほぼ聖女が決まった後に生まれた第六という微妙な立場。中途半端に能力があったせいで、何度も命を狙われた。
あげくの果てには、癒しの使い手としていいように戦場に駆り出された。
皇族として民を守る義務をまっとうせよと。裏には『聖女は二人もいらない』という言葉を込めて。
戦地に向かったアンジェリーヌは、そこで護衛のガスパルと、聖騎士団員のユリウスと出会ったのだ。
慈愛の国――。なのに何故、戦争が起こるのか。
綺麗な心だけでは国は大きくならない。それが、皇子には強い光属性が生まれない由縁だと囁く者もいた。
戦場でアンジェリーヌに命を救われた者は、真の聖女は第六皇女なのではないないのかと思った。決して口には出せなかったが。
そんなある日、転機は突然訪れた。
兄弟姉妹の中で唯一アンジェリーヌの味方だった、第三皇女によって神聖帝国から逃げるようにと密書が届いたのだ。逃げ道を確保し、戦場で命を落としたと偽れるよう手を回してくれた。
実際、癒しの力を使い過ぎて生死を彷徨ったのは本当だ。その時に助けた者たちも色々と手を貸してくれ、遠く離れたプロイルセン国までやって来られた。
それでもまだ、アンジェリーヌの死を疑っている者はいる。
だから、ガスパルは勿論ユリウスも、神聖帝国とアンジェリーヌを絶対に関わらせたくなかった。
アンジェリーヌはユリウスの提案に首を横に振る。
「ユリウスや公国に迷惑はかけられません。私たちなら大丈夫。他の国に渡ってしまえばいいだけなのだから」
「ですが! お嬢様……エリーゼは、それを望むでしょうか?」
ユリウスの言葉に、アンジェリーヌとガスパルは顔を見合わせた。
「エリーちゃんは、きっとアル君を放って置けないでしょうね」
「……だろうな」
「一番はエリーちゃんの気持ちを大事にしてあげたいのだけれど……」
「神聖帝国とは絶対に関わらせたくない」
ガスパルは強く言う。
エリーゼは光属性ではないが、アンジェリーヌの子だと知られたら、何をされるか分からないのだ。
「でしたら」とユリウスは、アンジェリーヌに向かって膝をつき、自分の胸に手を当てると
「エリーゼを、私の養女として迎えさせて下さい」
真剣な面持ちで言った。
アルフォンスに関わらせたのはユリウスだ。何を持ってしても、その責任を取らなければ自分が許せなくなる。
「もちろん、お二人の子であることには変わりません。ですが、この国での今の私……公爵の子という地位は、外部が簡単に手を出せるものではありません。私に、お嬢様を守らせてはいただけないでしょうか」
しばらく沈黙が流れ、口を開いたのはアンジェリーヌだった。
「わかりました。エリーゼにきちんと話し、本人がそうしたいと望んだらお願いします」
皇女だった頃と同じアンジェリーヌのハッキリとした口調に、ガスパルも同意した。




