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13. 少しの嘘とデールの賭け

 薄暮時(はくぼどき)――。

 アルフォンスを乗せた馬車が公国に入り、しばらく行くと緩やかに停車した。プロイルセン国の王都であれば、まだまだ人や馬車が行き交う時間帯であるが、この国では寒さもあってか人の姿は見られない。

 

 もう少し先に行ったところで、用意されたスクロールで馬車ごと騎士学校付近へ転移予定だった。

 この方法を使うのは、最初に兵士学校にやって来た時と、今回の行き帰りの三度だけ。今となっては、馬車……というか、御者さえいなければアルフォンスが自分で転移した方が早い。


 一向に動き出さない馬車。神経を研ぎ澄ますが、おかしな気配は無い。

 アルフォンスは自ら扉を開けて降りると、座ったまま眠りこける御者を横目で見ただけで通り過ぎる。

 声をかけたところで起きないだろう。その先に居るであろう誰かの予想はついていた。


(やはりな)


 視界は悪いが予想が的中したことがわかる。すぐ先に立つのは見慣れた姿の仮初の友人。瞳は赤く鮮明だった。


(もう、隠す気はないってことか)


「お前が俺を迎えにくるなんて、槍でも降るんじゃないか? ――デール」

「迎えなわけあるか。でも、ありがたいと思えよ」


 ふんっと鼻を鳴らしたデールに、本気で意味が分からない。


「いや、何で俺がありがたく思わなきゃいけないんだ?」


 騎士学校にいる時となんら変わらないやり取り。

 以前、二人きりで話した時は見事に洗脳されたので、油断は出来ないが。


 アルフォンスはぐるりと周辺を見渡す。

 本人の言うように、どう考えてもデールが迎えにやって来たとも思えないし、エリーゼを連れて来ている様子もない。


 今回の潜入は勝手にルークが頼んだこと。アルフォンスにしてみたら、ありがた迷惑……それが本音だった。


 むしろ、悪魔の存在を知らんぷりしていることに感謝されてもいいくらいだ。

 勿論それは、デールではなくエリーゼの為だが。

 正確な契約ルールがわからなければ、何かあった時に契約者のエリーゼの身は守れない。

 一体どんな反動が来るのか。資料だけでは判断できない未知の領域に、下手に踏み込むわけにはいかなかった。


 つかつかとデールは目の前までやってくると、視線を合わせる。


「協力してやるよ」


 とデールは、赤い瞳から目を逸らせなくなったアルフォンスの額を指で突いた。


「――――なっ」

 

 薄暗かった辺りが急に明るくなったかと思うと、数日前に居たはずの王宮の風景が広がった。耳には覚えのある声が聴こえてくる。


 アルフォンス自身が見聞きした記憶の様なものではなく、デールが見てきたものがそのまま視えた。

 ほんの一瞬であったのに、情報量の多さにアルフォンスはぐらりと眩暈がした。


「どういうことだ……厄災の、器?」


 アルフォンスの口から戸惑いがこぼれた。

 国王と王妃の会話。信じられない内容に頭の中が混乱している。


(全てが俺のため? 馬鹿なっ……)


 無意識に握った拳に力が入る。


「エリーゼは、お前の両親が真実を話すまで言わないつもりだろうが」と、デールはアルフォンスの様子などお構いなしで話し出す。


「……エリーゼもこれを?」

「ああ、見たし聞いた。でも、それはどうでもいい」

「はあ!?」


 悪魔が人の感情を理解することは無い。わかってはいても、デールの言い方にふつふつと怒りが込み上げてくる。


「問題はアル、お前が器として神殿に利用されるとエリーゼの身が危なくなる」

「……なっ!」


 アルフォンスは目を見開くと、デールを射るように見た。


「ちょっと待て、頭がついていかない。解るように説明してくれ」

「エリーゼは前世で、厄災の器……お前の先祖のせいで死んでいる」

「前世?」

「そうだ。また同じことが繰り返えされようとしていると知った。現に、オレはあの大神官に会ったことがある」


「大神官?」と、アルフォンスは目を瞑り白髪の大神官の姿を思い出す。遠目であったが美しい男だった。



 契約者以外に嘘をついても問題ないが、デールはチラリと暗くなった空を仰いだ。エリーゼの前世は、死んだのではなく――女神でなくなったのだ。

 何の変化もないことに安堵すると、視線をアルフォンスに戻す。


 もしアルフォンスがそのままデールを見ていたら、何かに気付けたかもしれないが。目を開いたアルフォンスの前のデールは、相変わらずの飄々とした表情に戻っていた。


 アルフォンスはじっとデールを見詰める。


「あの大神官は()じゃないのか?」

「……わからない。()()()人間ではある」


 『たぶん』という言葉に、デール自身も迷っているのかもしれないとアルフォンスは思った。

 そして、契約者でない人間のアルフォンスに話を聞かせたのには、きっと訳があるのだと。

 

 確かにエリーゼには、デールを抜きにしても不思議な力がありそうだった。

 

(それが関係しているのだろうか?)


 簡単に悪魔を信用してもいいのか。過去にそうだからといって、今のエリーゼに同じことが起こるとも限らない。


(だが。これだけの事を裏で手をまわしてきたのが、神殿で……ましてや、エリーゼを巻き込むなら。――絶対に潰してやる)

 

 アルフォンスの瞳が僅かに金色を帯びた。

 デールは口角を上げる。


「大神官や神殿関係者は、アルをどうしても王太子にさせたくなさそうだ」

「つまり、俺が王太子になったら、何か不都合なことがあるってことか」

「だろうな。王太子というより、国王になったら手を出しにくいどころじゃない」

「ならば、王太子になってやろうじゃないか」

()()()そこからだろうな」


 とりあえず、お互いの守りたいものは一致しているので、手を組むことにする。


 ただ、最終的な目的は別にある――とは、お互い口に出さなかった。




 ◇◇◇◇◇




 アルフォンスの馬車が転移するのを見届けたデールは、ばさりと大きな翼を広げ、真っ暗になった夜空にとけるように舞い上がる。


(今の力は、悪魔と天使の半々。これは、オレが許された……って訳じゃないんだろうな)

 

 いずれ、自分が悪魔でなくなるような予感がしていた。エリーゼの三つの願いを叶える前に。


 ――魂を消滅させることは許さない。


 そう言われているような気がした。

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