8. こんな再会って
(他人の空似なんてもんじゃない。あれは……)
『竜人を生贄に捧げよ。さすれば、この世界は救われる――』
人間たちに神託を伝えた、当時の大神官にそっくりだった。
醸し出される雰囲気に、その身に纏う強い神聖力までも似過ぎている。
(そのうえ……)
女神のことを神に告げ口したのも奴だったと、デールは記憶している。
ただ、どう考えても同じ人間がずっと生き続けられるわけはない。神の加護があったとしても。
(なら、奴の子孫か……。いや、考えたくないが。エリーゼのように、記憶や同じ能力を持ったまま、生まれ変わりを繰り返している可能性もある)
デールは見えない力が働いてるかもしれないと、頭を巡らせた。――そんなことが出来る存在を知っていたから。
(竜人を生贄になんて、天界の者は無意味な御告げは下さない。だが……モヤモヤする)
釈然としないデールに、不吉な予感が纏わりつく。
人間の言うところの、偶然の産物は――
(誰かによって導かれた結果だ)
デールは気配を消したまま、白髪の大神官を睨みつけた。
◇◇◇◇◇
エリーゼはクリストファーにお礼を伝え、そそくさと庭園をあとにした。
(いい人で助かったわ)
母親はどうであれ、第二王子の人柄は悪くない。
これで、能力もあり婚約者にも恵まれたのだから、婚約式が立太式になるのでは――なんて噂にも頷けた。
(アル自身はどう考えいるのかしら……)
プロイルセン国で見る姿は、エリーゼの知っているアルとは違い過ぎているが。分かっていて毒を口にするほど、深い何かを秘めていそうだ。
(けれど、あのアルがやられっぱなしなんて……あり得ないし)
アルは結構な負けず嫌いだと、エリーゼはよく知っている。
ふと。
遠目でもいいから、アルの幸せそうな顔を見てみたくなった。デールに駄目だと言っておきながら、勝手だとは思うが。
冷かしなんかではなく、この息の詰まる本来のアルの居場所に、僅かでも幸せなひと時があってほしかった。
周囲を確認してからエリーゼは気配を消すと、王宮内の廊下へは戻らず、庭園からよく見えた離宮に向かって走り出す。
ペンダントの付与された身体強化の魔法で、エリーゼの俊敏さは更に増し、普通の人の目には映らない。
自分でも驚くほどのスピードで離宮へと着いた。
エリーゼはこっそりと隠れて中の様子を窺う。
タイミングが良かった。離宮にちょうど来客があるのか、使用人は慌ただしくしている。
「早くお香を焚かないと!」
「神官様がいらしてしまうわ」
「急いでそれを運んで!」
大ぶりな香炉を抱えたメイド達が、バタバタとどこかに向かって行く。
神官がアルの診察のためにやって来るみたいだ。
どうやらお香の指示は神官からで、毎回焚くように言われているらしい。
エリーゼは認識阻害をフル活用し、数少ないメイドに紛れ込むとシレッと後ろについて行き、そのまま一緒に一番奥の部屋へと入った。
(ここは寝室?)
ただでさえ薄暗いのに、閑散とした部屋。ベッドと最低限の家具だけが置いてある。眠るだけなら良さそうだが――昼間だというのに寒く感じた。
何食わぬ顔で手伝うフリをして、ソファーの陰に身を隠す。
窓をしっかり閉め、香を焚くメイド。準備が完了し、急いで部屋を出て行ったのを確認すると、エリーゼは立ち上がった。ぐるりと部屋の中を見渡す。
(診察ってことは、やっぱり毒が? でも、神官が診たらアルが病弱じゃないとバレるんじゃ……。それにしても、この匂い!)
充満してきた香りに顔を顰めた。ズキンと頭痛が誘発される。
(ちょっと無理――)
エリーゼはポケットからハンカチを出すと、鼻と口を覆う。
身を隠すのに丁度良さそうな備え付けのクローゼットを見つけた。開けてみれば、ろくに物は仕舞われていなかった。
(うん、背に腹はかえられないわ)
モゾモゾと、クローゼットの服の隙間に入ってしゃがむと、パタンと扉を閉めた。
エリーゼは狭い空間だけに自分の力を放出し、空気を浄化すると、ふぅ〜っと息を吸う。
あの誘拐がきっかけになったのか、デールとの訓練の賜物か。最近では治癒だけでなく神聖力のような力を応用して使えるようになっていた。
(ここまで使いこなせたのは、今世が初めてかもしれない。それにしても……このお香の匂い強すぎるわ)
何の効果があるのか分からないが、エリーゼには不快でしかなく、アルが心配になってきた。
とてもじゃないが健康にいいとは思えない。かえって具合が悪くなりそうだ。
少しだけ窓を開けてしまおうかと考えていると、話し声が聞こえ、部屋の中に誰かが入って来る。
エリーゼは仕方なく、クローゼットの中で大人しくすることにした。
◇◇◇◇◇
やって来たのは、アルの母親、アル、神官の三人だった。
一緒について来た使用人は、下がるよう言い渡される。
やはりこの部屋はアルの寝室だった。
アルのプライベートな部屋の、しかもクローゼットの中。
お尻の下にはアルの服。気まずさから、エリーゼは心の中でごめんねと手を合わせ謝罪しておく。
そして、細く扉を開け会話に耳を澄ませた。
話している内容は大したものではなく、体調や療養所での生活はどうだとか。
世間話や他愛もない会話から、生活習慣や本人が気付いていない不調を聞き出す場合も確かにある。
けれど、それ以外に神官は何もしていない。手を当て、治療なども一切。
ただ――様子がおかしかった。
会話というより、アルは神官が話すことを反復しているだけだ。
既視感があった。デールが人を操る時とよく似ている。
(何が起きているの?)
エリーゼは、アルの目が虚になっていることに気付く。
その瞳に映っているのは、母親ソフィアだけ。
「アルフォンス。私は、あなたさえ幸せになってくれたらいいの。だから、決して無理はしないでね」
「……母上」
一見すると母と息子の感動の抱擁。
アルの肩に手を乗せ見守る神官の、不気味な笑顔さえ見えなければ。
エリーゼは自分の存在に気付かれないよう、息を殺した。
「私はそろそろ戻りますので」と神官は立ち上がる。
「神官様をお見送りしてきますから、アルフォンスは横になってゆっくり休みなさい」
アルから離れたソフィアは、愛おしそうに息子の頬を撫でる。
「はい」とアルは素直に頷くと、そのままベッドに入った。
それを確認し、二人は一緒に部屋から出て行く。
(い……今のは、どういうこと?)
エリーゼはとりあえず自分を落ち着かせ、アルが眠ったらクローゼットから抜け出そうと、そ……っと扉を閉めた。
――とその時。
バッとクローゼットの扉が開く。
「な!?」
「えっ……ア、ル?」
「しっ!」
エリーゼの口がアルの手で塞がれた。
アルは部屋の周りに人の気配がないことを確かめると、静かに鍵をかける。
そして、二人の姿は寝室から消えた――。




