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3. 何かが小さく動き出す

「エリーゼ、その術式は間違ってるぞ」

「え、うそ?」


 座学の授業の終わりぎわ、次の試験範囲が発表された。

 今日やったところも出ると言われ、エリーゼは慌てて黒板の文字を書き写したが、どうやら間違っていたようだ。もう黒板の文字は消されてしまっている。


 エリーゼの背後から、屈むようにノートを覗きこむアル。


「こうすればいい」とペンを持ったままのエリーゼの手を握り、必要な部分を書き足していく。魔塔の魔術師となったアルには、簡単すぎる問題なのだろう。

 エリーゼがアルにマナソードを教えたことが、昔のことのようだ。

 

「なる、ほど」


(ありがたいけど……近くない!?)


 右手で握られ、アルのもう一方の手はエリーゼの左側、机の上に体重を支えるよう置かれている。

 つまり、アルの間にエリーゼがすっぽり収まっている状態。

 うっかり横でも向こうものなら、間近にアルの顔がある気がしてならない。エリーゼは書くことに集中した。


 たった数秒がやたらと長く感じたが、書き終わると同時にスッとアルは体を離した。エリーゼは変な緊張感から開放される。


「他にわからない問題あれば教えるから、遠慮なく言って」

「うん、ありがと。助かる」


 デールはあまり勉強は頼りにならない。そもそも術式なんて必要ないのだから。

 エリーゼも普通の魔法は使えないが、知識をつけるだけでも楽しかった。


「じゃあ、そろそろ昼食に行こう」

「そうだね」

 

 エリーゼが勉強道具を慌てて片付けると、アルも手伝ってくれる。


(アルはただの親切心で教えてくれたのに、変に意識しちゃだめだわ)


 ドキドキするのはギフトのせいだからと、エリーゼは深く考えないようにする。

 このドキドキも、やがて時が過ぎれば家族に対する愛と、なんら変わらないものになるのだ。いつものように。

 転生を繰り返していても、燃えるような情熱的な恋愛に発展したことなど無い。自分の勘違いは、いずれ相手を傷付けるのだとエリーゼは過去に知った。


(そういえば)


 孤児院で手伝いをしていた頃、背中に飛び乗ってじゃれてくる子供が多かった。子供たちは、無意識で人肌に安心感を求めていたのかもしれない。


(あの子たちも、慣れるまではかなり警戒していたけどね。アルも同じなのかもしれないわ)


 エリーゼは前を歩くアルの背中を見詰めた。

 



 ◇◇◇◇◇




「おいっ!」

「何ですか?」


 午後の授業を終えたばかりのアルフォンスを捕まえたルークは、魔道具が仕舞われている準備室に引っ張り込んだ。

 ルークは壁際にアルフォンスを追い詰める。

 

「何ですか……じゃないっ。いったい何を考えているんだ?」

 

 アルフォンスは、エリーゼを魔塔へ繋がる自分の部屋へと招き入れた。ルークはそれに気付いてしまったのだ。

 さすがに魔塔主にバレたら、ユリウスでも庇いきれなくなる。優秀な魔法使いは皆プライドが高い。魔塔は、魔術師にしてみたら神聖な場所なのだ。


「……べつに何も」


「いいや、嘘だね。あれほどエリーゼと距離を置こうとしていたのに、どう考えてもおかしいだろう! まあ、自分の気持ちに素直になるのは悪くは無いが……。だからといって」


 ごにょごにょとルークは口ごもった。


 アルフォンスの事情を知るルークは、アルフォンスがエリーゼと一線引いている理由を理解している。アルフォンスは自分が原因で、エリーゼに危機が迫ることを何よりも恐れていた筈……だった。


 それなのに、誰も手出しが出来ない空間へ二人で消え、その後からアルフォンスのエリーゼへのスキンシップが明らかにおかしくなった。

 ルークとしては、これは二人の間で何かあったと勘ぐりたくもなる。

 ユリウスのエリーゼに対する過保護ぶりを考えると、お目付け役のルークは頭を抱えるほかない。


 アルフォンスはルークの様子に、深いため息を吐いた。


「ただ、友達だという宣言をしただけです。襲ったわけじゃありませんよ」


 とアルフォンスは告げる。

 ルークの心配はそういうことだろう……とアルフォンスの目は言っていた。


「は? 今さら友達?」

「エリーゼに、友達として()()()隣にいることを誓ったんです」

「恋人になってほしいとかじゃなく、友達であることを? わざわざ? エリーゼならどう考えても断わらないだろ」

「ですね」


 ルーク自身、友達であることに身分とか気にならない。――が。


「え、待てよ。ずっと……って」


 エリーゼを観察していると、何故かわからないが関係性が明確になると、途端に警戒が緩くなる。田舎育ちのせいで面倒見が良いのか、まるで兄弟が多くて懐かれることに慣れているかのように。

 だから、デールとの距離が異常に近いことに、当の本人は全く気付いていない様だった。

 

「契約を理由に、彼女のそばにくっついている奴もいるんですから……問題ないでしょう? 友達なら、恋人と違って別れることもないですしね」 

  

 アルフォンスは、最近練習している()()()()()笑みを浮かべた。


「何それ、怖いぞ! 弟子入りして来た時は素直で可愛かったのに……」

「弟子の成長は、師匠も嬉しいでしょう?」

「なんか……可愛くないっ」


 ルークはぷりぷり文句を言いながら「ほら、これ!」と、二通の手紙を差し出す。

 あんな会話をしながらも、ルークは結界を張っていた。本来のアルフォンスへの用事はこちらなのだ。

 どちらも正式な封筒に、王家の封印が押されている。

 アルフォンスはじっと睨むように封筒を見詰めた。側室の母からの、定期的な手紙ではないことが一目でわかる。


「呼び出しだろ?」とルークは声を落として言う。

「……そのようです」


 一通は、療養地経由で届いた義弟のパーティーへ出席要請。

 もう一通は、公王陛下経由で国王が内密に寄越したものだ。


 その場でアルフォンスは手紙を開けた。


「何て?」とルークは尋ねる。


「病弱な第一王子は、体に無理をしながら出席する……そんな状態が望ましいようです」

「じゃあ……まだ、アルが留学している件を知る者は、ほぼ居ないってことか」


 アルフォンスは首肯した。


「徹底的に情報を抑えてもらっていますからね」

「で、どうする? 一人で自国へ帰るのか?」

「それしかないでしょう」


 王国の貴族たちには、療養地で数少ない使用人に世話されているだけの、厄介者の王子だと思われていなければならないのだから。――今はまだ。

 

「ふぅん。そっか……」


 ルークは思案顔で生返事をした。

 

 

 


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