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30. 孵化みたい

『時間は十分に与えたが……無理なようだな』


 イングリッドに憑いた悪魔はやって来るなり言い放つ。

 その声に、エリーゼはドキリとし顔を上げた。


(もう?)


 窓も無い地下だから、夜が明けたかすら判断つかない状況。どのくらい時間が経ったのかはわからないが、思ったより短く感じた。

 

 イングリッドはデールが入った檻は横目に見ただけで、エリーゼの居る牢の前に立つと、座り込んでいるエリーゼを見下ろす。

 顔色の悪いエリーゼに対して、イングリッドは心なしか楽しそうだ。


 エリーゼはイングリッドを睨むように正面を見据え、その向こうの檻の下、不自然にならないように魔法陣を意識しておく。

 監視も無く、この場にエリーゼだけを残した理由は簡単だ。デールが繭から出た時点で、下の魔法陣の何かが発動する仕組みなのだろう。

 

(だから、繭を確認する必要も無いってことなのね)


 デール曰く、この取り憑いている者は、完全にイングリッドと契約出来ていない悪魔らしい。

 本体を現さず、イングリッドの身体を操っているだけの不完全な状態が証拠なのだとか。


「そうですね。いくら呼びかけても……返事はありませんでした」


『所詮はその程度の契約者、か。ならば、お前に死が迫れば嫌でも起きよう』


 契約者の魂には、それほど価値があるのだと嫌らしく笑う。

 イングリッドは、テーブルとも呼べない台の上に、雑然と積み上げられていた物に手を翳した。

 べたりと赤黒く染まった剣や斧。錆びついて切れ味なんて期待もしていないのか、その場にある全てを宙に浮かせると刃先をエリーゼに向けた。

 じりっとエリーゼは後ずさる。背中に冷たいものが伝った。


(串刺しにでもするつもり?)


 エリーゼは牢の扉が開かれるのをじっと待つ。

 開かれると同時に武器が一気に飛んでくるか、エリーゼが飛び出してくるのを狙うのか。


(どの道……チャンスは一度きりだもの)


 イングリッドが口の中で何かを呟くと、ドロリと鉄格子は溶け、宙に浮いた武器がエリーゼに向かって一斉に放たれた。

 次の瞬間、デールの入っていた檻が弾け飛ぶ。

 だが、デールはまだ繭の中。

 

『遅いわ!』と、してやったり顔のイングリッドはデールの方を向く。

 

 ――が、しかし。


 エリーゼに向かった武器は硬い床に落ち、ガシャガシャと音を鳴らす。

 と同時に、床に触れていたエリーゼの手から出た、青白く光る魔力が地を這うように猛スピードで魔法陣へと向かう。


『何!?』


 エリーゼが傷を癒す時に使う魔力。それが魔法陣を覆うようにして動きを止める。

 そして、繭を破って出てきたデールは、真上から大きな力を放つと魔法陣を床ごと一掃した。


『な、お前……その姿』


 ――トスッ。


 驚きに目を見張ったイングリッドが話し終わる前に、背後からエリーゼの手刀が首に当てられ、そのまま意識を失う。

 魔法陣が消滅した今、イングリッドの力が無ければ、憑いていた悪魔は靄に戻る。


 そして、その靄は空中に漂ったかと思うと、シュンッとデールの指先に消えた。


(全部デールの言った通りだった……)


 地下に充満していた瘴気は、ほぼエリーゼが吸収しておいた。

 瘴気に邪魔されなければ、エリーゼの力が小さくても、大きな役割を果たせるのだとデールは言ったのだ。


(半信半疑だったけど。私の魔力……違うか。私が魔力だと思っていたのは、デールが言うように、本当に神聖力の()()()()()だったのね)


 正直、()()()()()()が何かは分からない。


 前世も含め、光属性でもないのに癒し魔法は前から使えた。にも関わらず、過去に何度か測定を受けたが、魔力有りの診断は出なかった。

 神殿でも神聖力とは認められず、大神官の口添えがあり、癒しの使い手としてかろうじて神官の端くれになれた程度。


(所詮、人が作った基準だものね。例外がいたとしても不思議じゃないわ)


 エリーゼは妙に納得してしまう。


(それにしても、うまく使い分けられて良かった)


 魔法陣を覆うための力を放つ直前。

 繭に阻まれ、使えないデールの力の代わりに、吸収した瘴気を一気に放出し、防御壁のように飛んできた武器を弾いた。


 エリーゼはふうっと息を吐き「やっと終わった」と呟くと、顔を上げた。

 繭から出てきたデールがエリーゼの前まで来る。


 マジマジと見詰めその姿に驚愕した。


(え? ―――えええ!?)


 エリーゼの驚きとは裏腹に、デールは「エリーゼ、助かった」と顔を近付ける。


「あ、うん、どういたしまして」


 お礼を言われ反射的に返してしまうが、エリーゼの意識はどうしても違う方向に持って行かれる。そう、デールの容姿の方へと。

 

(黒かった髪が少しくらい伸びて、紫がかったことなんてどうでもいいわ。もともと綺麗な顔で、妖艶さもあったけれど……)

 

 ――見事にそれを超えていた美青年。


 デールを閉じ込めていた檻は、正に鳥籠だったのだのかもしれないと思ってしまうくらい、立派な翼がデールの背中に生えている。


「えっと……デールは孵化したの?」

「は?」

「翼生えて、大人になっているから……」

「なんだそれ?」


 呆れるように笑ったデールは、エリーゼのよく知る笑顔だった。


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