29. 過去の黒魔術とデールのミス
(まさか――。こんな場で捕まるとはな)
デールは自分の羽根で作った覆いの中で、膝をかかえながら目を閉じ全神経を集中させていた。
悪魔に染まりきらなかった、体内に残る僅かな破片を集めるために。
◇◇◇◇◇
遡ること一日前。
明日は卒業式ということもあり、訓練場は使えなくなっていた。当然、自主練は休みになる。
エリーゼは卒業式後のパーティーの準備に追われていたので、デールは別行動をとることにした。
そんな矢先、デールはたまたま気になる気配を感じ取ったのだ。
時間も持て余していたので、様子を見に公都から離れたその場所へ向かうことにした。
デールにとって卒業式はどうでもよく、エリーゼがドレスに着替え終わる頃までに戻るつもりで。
魔界の亀裂の穴ができた森とは違う、遠く離れた地だった。
邪気に覆われていたのは、片田舎の大きな屋敷。デールは上から見下ろすと、ゆっくりと屋根へと下りた。
屋敷の天井からすり抜けて入れば、肖像画の飾られた一室に出る。
散乱した部屋には誰も居ない。 肖像画を一瞬で修復すると、見覚えのある人物が描かれていた。
(なぜだ?)
デールは首を傾げた。ここは、あの伯爵領の邸、イングリッドが追いやられた場所だったのだ。
デールは導かれるように、邸内のより強く邪気を感じる場所へと飛ぶ。
そこは、伯爵邸の今は使われていない地下牢だった。
(こいつが原因か……)
古の召喚陣。
愚かな人間は、些細なことから強くドス黒い負の感情に支配されることがある。邪気とは人の悪感情によって膨れ上がるもの。
そして、ごく稀にその執念のような感情が、闇の力を引き出し、黒魔術を成功させてしまうのだ。
現に、過去の黒魔術は成功していたらしい。
魔法陣の周囲を一瞥すると、デールは埃まみれの走り書きの数々を手元に移動させ、内容を読む。
(――そういうことか)
何代か前のボワイエ伯爵。悪魔を召喚した契約者の手記だった。
三つの願いうちの一つ。
悪魔によって手に入れたのは、偽の光属性の魔力だった。心の清らかさの足りない人間には、備わることのない力。
それが、イングリッドのような者に受け継がれいること自体おかしかった。
最初から、悪にまみれた力だったのだ。
同じ悪魔と言えど、各々の契約者と交わされた願いは知ることは出来ない。
だからこそ、イングリッドの偽の力にデールも気付けなかったのだ。
走り書きに目を通して行くと、紛れていた姿絵を見つけた。
微かだが残留する思念をデールは感じ取る。邪な執着。この人物を手に入れたかったのだろうと、容易に想像がついた。
(残りの願いは、こいつを手に入れる為のもの……)
デールはポイッと姿絵を捨てた。
古びて所々消えている召喚陣の横に、真似して描いたのだろう魔法陣が。消えた部分の再現に失敗したのか、未完成の状態だった。
だが、偽の光属性――悪魔の力を受け継いだイングリッドは、魔界と繋がりやすい。
(さっさと消すか)
デールがその失敗作を消し去ろうと屈むと、新たな魔法陣が下からパァッと浮き出る。
失敗作が罠だと気付くのが遅かった。
新しく現れた魔法陣から、同族である魔界の追っ手の力が放たれたのだ。召喚陣ではなかった。
邪気の中に蠢く瘴気。追われる中で、覚えのある魔力の気配があった。デールが、竜の亀裂を埋めるために残してた自分の力の残骸が。
(しまった! これを辿られたのか!)
デールを逃すまいと飛び出す無数の手。最初からデールを誘き出す為に、魔界の力を放ったのだ。
過去にデールを閉じ込めた、魔界の檻が行手を阻む。
(このままじゃ……)
エリーゼと過ごすことで蘇った力や記憶を奪われる訳にはいかなかった。
デールは心の底からエリーゼを想う。
すると、ブワリとデールの背から翼が生え、自分の中に悪魔に落ちる前の僅かな力が残っているのを感じた。
そして、翼を大きく羽ばたかせ、羽根を使ってデール自身を覆う。
――それは、悪魔や魔族には手を出すことが不可能な物だった。
◇◇◇◇◇
「あら……籠ってしまったのですね」
カツンと靴音を響かせ、やって来たイングリッド。黒い手は靄に戻ると、イングリッドの中へと入る。
『まあいい。此奴の契約者はわかっているのだ』
「ええ、エリーゼに間違いありませんわ」
『契約者が願えば、あの中から出るしかなくなる。そうすれば、我が奴の力を奪う』
詳しくはわからないが、同じ悪魔で力を奪い合うのかと、イングリッドは可笑しくなる。
そして、悪魔を召喚しなくとも、その力と繋がれる自分の能力にうっとりした。
「あの女が目の前で殺されたら、どんな顔をするのかしら?」
どうせなら、エリーゼの味方をした者の前で、その姿を見せつけてやりたいと、イングリッドは楽しそうにフフッと笑った。
一人で会話をしている異様な姿。それを見て騒いだ使用人達はもう居ない。
『いや、其奴には別の使い道がある』
「使い道?」
『我らが王を復活させる、竜のエサだからな』
「では、虫の息だけ残せばいいのですね」
『そうだ』
ニンマリと口元を歪めたイングリッドは、そのまま邸から姿を消した。




