28. 囚われたデール
――ズサァーッ!
絞められていた手が緩んだかと思うと、そのまま床に投げ出された。エリーゼは倒れ込み、ゲホゲホと咳き込む。イングリッドの尋常ではない握力で、エリーゼの首には指の跡がしっかり残っていた。
暗くジメジメとした部屋。
どうにか呼吸は落ちついたが、ホコリ混じりの鼻をつく臭いにウッと顔を顰めた。
『さっさと其奴を起こすのだ』
エリーゼはその言葉にハッとする。
(――デールはきっと大丈夫!)
そう自分に言い聞かせ、どうにか冷静さを取り戻す。
投げ出された場所は正面に鉄格子の扉があり、エリーゼは牢の中に閉じ込められたのだと理解した。
両手でガッと鉄格子を掴む。
(……これは普通の牢屋じゃない?)
ただの鉄ではない。魔力を通さないうえ、かなりの頑丈さ。一体、どんな者を入れる為の牢なのか。
エリーゼは、デールの居場所を探るように目を凝らした。すると、自分の居る牢の先。空中に浮かぶ、大きな鳥籠のような物があった。
さっきイングリッドの瞳の中に見えた――逃げるデールを追い詰め、閉じ込めた檻。
だが、その中にデールの姿は無かった。
代わりに、たくさんの羽根で覆われた繭のような物が一つ。
(もしかして、あの繭みたいな中にデールがいるの?)
戸惑うエリーゼに、イングリッドは『早く起こせ!』と苛立ちを顕にする。
「起こすって……どうやって?」
『………なに?』
「私には起こし方なんて分からないもの」
『お前は契約者だろう!?』
やはり、デールが悪魔だと知っているのだ。エリーゼが契約者であることも。ならば隠しても仕方ない。
「ええまあ、そうですけど……」
『だったら出来るはずだ!』
エリーゼは何となく気付いた。
あの羽根で出来た繭は、デール自身が作って閉じ籠ったのではないかと。
そして、理由は分からないが……イングリッドに取り憑いている者は、デールの存在を必要としている。
しかも、本物のイングリッドとは違い、話術には長けていない感じがした。
(――それなら)
デールが、自分から出てくるまで時間を稼いでみようと。
「うーん、無理ですね。私、さっきから何度もデールを呼んでますけど、何も起こらないですし」
残念ですけど……とお手上げポーズをしてみる。
「ああ、そうだわ! 暫く二人きりにしてもらえませんか? じっくり呼びかけたら起きるかもしれませんし」
『……仕方ない、一晩時間をやろう。もしも起こせないようなら、お前の命と引き換えにするからな』
しぶしぶ言うと、イングリッド姿の何かはドレスの裾を翻し、カツカツと音を立て階段を登って行った。
(ここは、地下牢のようね……)
靴音の響き具合からみても間違い無さそうだった。
エリーゼは、ズルズルと床に座り込む。
(イングリッドに憑いているは、たぶん……悪魔よね? そして、私を殺したくはない――。いや、違うわね。私の使い道は他に何かあるのかも……)
暗さにも慣れ、眼を魔力で強化すれば、デールの入っている鳥籠の真下には、大きな魔法陣が描かれているのが見える。
それは、何か血のようなもので――。
大きさは違うが、エリーゼはこの魔法陣に見覚えがある。
デールを引き込もうと出ていた、沢山の黒い手を思い出した。
(イングリッド自身が悪魔を召喚したのかしら……?)
そうとしか考えられないが、どうやって黒魔法を知ったのか。疑問だらけだ。そもそもイングリッドは光属性の人間なのだから、相性だって悪いはず。
取り敢えず、エリーゼは考えることを中断し、鳥籠の方に視線を移した。
『デール! 私の声、聞こえる?』
意識を集中させ、駄目元で呼びかけてみる。
さっき、イングリッドに何度も呼びかけたと言ったのは嘘だ。相手の力が分からないから、先ずはデールと二人きりになりたかった。
『………エリーゼ……』
デールの声が頭の中に届いた。
『良かった。無事なのね?』
『ああ……すまない、しくじった』
珍しいことにデールの声に悔しさが滲む。
『しくじったって、何があったの?』
『……………』
『また、言えないことなのね?』
『今はまだ……悪い』
『今は、ね? じゃあ、いつかは話してくれるのね?』
『ああ』
『ならいいわ。それより、ここはどこ? デールはいつまでその状態なの?』
『ここは、伯爵領の邸宅の地下だ。――もう少しで終わる』
『終わるって何が?』
エリーゼは首を傾げるが、またデールは返答しない。
『じゃあ、私に出来ることはある?』
『ある。この場の瘴気を、出来るだけゆっくり取り込んでくれ。急激にやると奴に気付かれる』
『わかった』
久しぶりにエリーゼは、瘴気の靄を翳した手に取り込んでいく。
(ゆっくりで良かったかも)
全身を走るゾワゾワとした感覚は、相変わらず気持ちが悪かった。
徐々に瘴気が減っていくと、視界がクリアになっていく。
デールの居る鳥籠の檻の周辺に散乱しているのは、白骨化した動物や……人間。かなり古いものだと分かる。異臭の原因はこれだったのだ。
(でも、魔法陣の血は新しい……。たぶん)
この血はイングリッドのもので、黒魔術を研究していたのは先祖である伯爵家の誰か――。そんな仮説が生まれた。
(もし、過去に誰かが悪魔を召喚できていたなら……願いは叶ったのかしら?)
解らないことが多過ぎた。
(まぁ考えても仕方がない。今はこの状況を打開するしかないんだしね)
そう思いつつ、デールの繭を見た。
(それにしても、あの大量の羽根はなんだろう? デールに羽なんて無かった気がするけど)
初めて会った日、幼かったデールには可愛いシッポらしきものはあったが、翼は無かったと思い出す。デールは翼がなくても普通に空を飛んでいた。
(まさかこんな状況で、たまたま羽根が落ちていた……なんて無いわよね。ずっと隠していたのかしら? そういえば……)
シッポもあれ以来見ていないかもと、エリーゼはそんなどうでもいいことを考える余裕が出来てきた。




