27. 攫われたのは
お読みいただきありがとうございます。
本日二話目の投稿です。
エリーゼとラインハルトが一歩会場に踏み入れると、その場は響めき包まれる――なんて事態にはならなかった。
会場に入る前に、エリーゼはさっさと自分の存在感を消しておいたのだ。
ラインハルトも、一曲だけ踊れば十分だと言っていたのだから、当初の予定より早めに発動させても問題無いだろうと。
両親譲りの容姿に加え、ユリウスが用意したドレス姿では目立つことこの上ないと、エリーゼ自身もわかっていた。何度も経験した人生あるからこそ、客観的に自分を見ることができる。
けれど――。
その妙に冷めた感覚が、恋愛の機微に疎くなってしまう原因でもあるのだが。
楽団によって音楽が奏でられ、一曲ラインハルトとのダンスが踊り終わると、エリーゼは壁の方へと移動する。
ラインハルトは同級生との交流があるだろうからと、エリーゼは邪魔にならないよう、用意された食事をおとなしく楽しむことにした。
だが、すぐにラインハルトはエリーゼの所へやって来てしまう。
「もういいのですか?」
「ああ、十分だ」
(やっぱり、あの件があとを引いているのね)
特にパーティーを楽しむつもりも無いのか、ラインハルトに促され熱気のあった会場から外へ出る。
「何か飲み物を取ってこよう」
エリーゼがベンチへ座ると、ラインハルトは飲み物を取りに会場へ戻っていく。
主役である卒業生に気遣ってもらうのは気が引けたが、ラインハルトも外でゆっくりしたいと言うので素直に甘えた。
(少し寒いけど、気持ちいい)
冷たい夜風が頬を撫でる。
コルセットは苦しかったが、慣れてくればどうにかなるもので、食事も少しはできた。
(まあ、この苦しさも懐かしいかな。ダンスも踊ったしね)
久しぶり……というか、エリーゼとして初めて履いたヒールのある靴は、さすがに靴擦れができてしまった。
辺りを見まわし、こっそりと脱ぐ。
ベンチの背凭れを使い、コルセットで伸ばされた背筋をぐーっと反らせた。
(今日は月がよく見えるわ。紅くて綺麗……ん?)
一瞬、紅い月の色を受け入れてしまいそうになるが、ハッと気付く。
(なんで月が紅いの――)
何かがおかしい。エリーゼは、慌てて体を起こす。
その刹那、エリーゼの正面の景色が歪み、人の姿が現れた。
「まさか……」
『あら、エリーゼさん。身分もわきまえないドレスを着て、さぞ気分もいいのでしょうね?』
真っ黒なドレスにかかる、プラチナブロンドの長い髪。可愛らしい顔立ちに、不自然さのある真っ赤な唇。
「なぜここに……?」
居るべきではない人物。アンバランスな姿のイングリッドが立っていた。エリーゼは戸惑いに目を見開く。
そんなエリーゼ向かって、イングリッドは楽しそうに近付いて来る。
裸足のままエリーゼはベンチの後ろへと飛び退く。過去にもこの禍々しさを感じたことがあった。
そう、デールと初めて会った時と同じ感覚。
(ううん……あの時よりもっと強い。彼女は――イングリッドだけど、イングリッドじゃないっ)
エリーゼの中で警鐘が鳴る。
腰に手を回し、帯剣していないことを後悔した。イングリッドを切るつもりはないが、取り巻く何かにマナソードは有効だったはず。
「デー……」
仕方ないとデールを呼ぼうとして、エリーゼは躊躇した。アルの聖石を使って作った空間に、デールが入れなかったことを思い出す。
(この状況で、デールが現れないのはおかしい。アルの時とはどこか違う……)
呼べばデールには届きそうだが、呼んではいけない気がした。エリーゼはキュッと口を結ぶ。
『嫌な人ね。相変わらず無駄に勘がいいのだから。さっさとあれを呼べばいいのに……』
イングリッドの声は、性別不明の籠った声に変化していく。
エリーゼは手首を隠すように反対の手でギュッと握った。
だが、イングリッドは印の場所を知っているのか、片手でエリーゼの手を捻り上げ、反対の手でエリーゼの首を絞める。
人とは思えない力で。
『ほら、早く起こすのだ……』
「……っく……」
自由な手で、絞めてくるイングリッドの指を離そうとするが、びくともしない。
(起こすって、何を?)
息が出来ず意識が持っていかれそうになるが、どうにか堪える。
『私の眼を見るがいい』
言葉に導かれるように、イングリッドの瞳を凝視した。
そこに見えたのは――。
「!? ……あ……なた、デールに何を……?」
『裏切りものには……それ相応の罰が必要だろう?』
イングリッドはクックッと笑い出す。
『起こさぬのなら……お前を連れていくだけだ』
次の瞬間、イングリッドから噴き出した魔力にエリーゼは巻き込まれていた。
◇◇◇◇◇
両手にジュースを持って、会場を出たラインハルトは、異様な空気感に全身が粟立った。
一人で待つエリーゼが心配になり、急いで戻るが……。遠目に見えたものは、ドレス姿の二人の女性。
(なんだ……喧嘩か?)
女同士で揉み合っているのかと思ったら、首を絞められ木に押し付けられているのがエリーゼだと気付く。
「なっ!? エリーゼ!」
持っていたグラスをガシャンと落とし、ラインハルトは駆け寄る。だが、すでに遅く――二人の姿は闇に消えた。
ベンチの前に、エリーゼが履いていた靴だけが落ちている。
「今の、見間違いではない……」
エリーゼの前に立っていた女。
自分とよく似た髪色だった。ラインハルトは息が止まりそうになる。
落ちていた靴を胸に抱え、青褪めた顔のまま無我夢中で走り出した――。




