26. いざダンスパーティーへ
「……くっ! お、お願い、ゆる……」
後ろに引っ張られるのを堪え、エリーゼは前屈みになりながら苦しげに言った。
「なに言っちゃってるのよ! このくらいは最低限、締めておかなくちゃ」
フンッと気合いを入れ直し、ブランシュは紐を引いた。
「んなっ! ブランシュ、ちょっと力が強い……ぐっ。……苦しい、もう本当に無理だからっ!!」
「はい! おしまいっ」
エリーゼのコルセットを満足いくまで締め上げたブランシュは、納得の笑顔を見せる。
「こんなに締めなくても、全然入るのに……」
卒業式が終わり、ダンスパーティが始まる少し前。
侍女のいないエリーゼは、ドレスに着替えるのをブランシュに手伝ってもらっていた。
ドレスが届いた翌日。試しに袖を通してみたら、前世の流行とは違うデザインに、一人で着るのは無理だと悟ったのだ。
(確かに頼んだのは私だけど……)
「せっかくこんなに素敵なドレスなのよ。美しく着なかったらダメでしょ!」
ブランシュの言いたいことは理解できるが、一見スレンダーなブランシュには、人並み以上の筋力があるのだ。エリーゼはつい、じとりと見てしまう。
お互いなんやかんや言いながらも、ブランシュはエリーゼを手際よく仕上げていく。
子爵家の令嬢なら、就職先として高位貴族の侍女になる可能性もある。それもあってか、ブランシュは何でも出来るようにと、様々なスキルを積んできたらしい。
結局のところ、ブランシュは騎士になることを選んだのだが。
ピシリと侍女服を着こなし、腰に剣を下げた姿を想像してしまい、エリーゼは吹き出しそうになる。
(ある意味、騎士服よりカッコいいかも……もうコルセットは懲り懲りだけど)
そんなことを考えていると、ブランシュは両手を腰に当て胸を張って言う。
「どうかしら?」
「……うん。凄いわ」
鏡に映る自分の姿にエリーゼは感心した。どう見ても、立派な貴族令嬢にしか見えない。
エリーゼの反応にブランシュは満足そうに頷く。
「ほら、もうすぐ待ち合わせ時間でしょ! 早く行って。片付けはザッとしておくから」
有無を言わせないブランシュに背中を押され、エリーゼはラインハルトとの待ち合わせ場所へ向かった。
魔法学園に繋がる階段の手前に、ラインハルトの後ろ姿があった。
エリーゼの気配を感じたのか笑顔で振り返るが、何故か口元を押さえてまた階段の方を向いてしまう。不自然な態度にエリーゼは首を傾げた。
「先輩? すみません、お待たせしちゃいましたか?」
「い、いや。私も今さっき来たところだっ」と言いつつも、ラインハルトはまだエリーゼを見ない。
卒業式のダンスパーティーのドレスにしては派手過ぎたのかと、少し心配になった。
(先輩は、ダンスパーティーの参加自体に乗り気ではなかったし……目立ちたくないのね)
どのみち認識阻害を発動するのだが、ラインハルトにそれを伝える訳にはいかない。
まだ会場入りしていないので、直した方がいい所があるならと、エリーゼは尋ねてみる。
「ブランシュに着させてもらったのですが、どこか変でしょうか?」
「変ではないっ!」
バッとエリーゼを見たラインハルトは、顔だけでなく耳と首まで真っ赤していた。
「よ、よく似合っている! 美しいと言うか……美しすぎると言うか……いや、可愛いのか?」
「えっと、それなら良かったです。ありがとうございます」
後半はボソボソとよく聞こえなかったが、とりあえずエリーゼはお礼を言っておく。
「で、では、行こうか」
コホンと咳払いをしたラインハルトは、洗練された仕草でエスコートの手をエリーゼに差し出した。
◇◇◇◇◇
「声かけなくて良かったの?」
エリーゼとラインハルトの後ろ姿を、少し離れた場所からアルフォンスは見守っていた。
そんなアルフォンスの表情を見ようと、菫色の髪を揺らしながらルークは覗き込む。
「邪魔です」
くいっと押しやられたルーク。
「ひどいなぁ。僕はアルの師匠のはずなのに。それに、ここでは先生なんだけどなぁ……」とブツブツ文句を言う。
面倒くさそうにアルフォンスは溜め息を吐く。
「今日の主役は卒業生ですからね。邪魔するのは野暮というものでしょう」
「そのわりに不服そうな顔をしているけど?」
「……していません」
「ふーん」とルークはニヤニヤし、わざとらしく肩を竦める。
「それにしても。エリーゼは、また注目の的になるんじゃない? 見た目もだけど、どこであんな作法を学んだんだか」
アルフォンスも、それが気になっていた。
(デールが何か手助けしているのだろうか?)
ラインハルトに引けを取らない自然な所作。
ただ歩くだけでも、礼儀作法を学んだ者との違いは出てしまうのだ。一朝一夕で身につくものではない。
いくら、両親が元貴族だったとしても、エリーゼは平民として過ごしてきたのだから。
「ところで」とルークばキョロキョロとする。
「どうかしましたか?」
「デールの姿も見えないね」
「そうですね……」
「てっきり、エリーゼのドレス姿を楽しみにしているのかと思っていたけど」
「……はい」
(ラインハルトの所まで、図々しくもエリーゼをエスコートしてくる気がしたが)
とはいえ、デールがエリーゼから離れると思えなかった。ラインハルトに遠慮してとは考え難い。
フェレット姿でちょこまかとエリーゼのそばに居るのかもしれないと、気配を探るがそれも感じなかった。
(もっとも、奴は人間ではないからな)
普段は、デール自身が人間のふりをして、存在感を顕にしているのだろう。
ルークにもデールのオーラは視えないのだ。禍々しいものに過敏な高位神官のような力が無ければ、本来はデールを感じることすら出来ないかもしれない。
多少の資料はあっても、解明されていない禁忌の存在。アルフォンスは、小さく拳を握った。




