25. 謎な存在
「エリーゼ。あなたに荷物がたくさん届いているわ」
寮の自室へ戻ると、エリーゼの同室で一学年上の先輩デジレ・アズナヴールが、座ったままの体勢で端に置かれた大きな箱を指差した。
「……え?」
エリーゼは覚えのない荷物に驚く。
いわゆる化粧箱。大きな箱といくつかの小ぶりな箱。サイズ感や品の良い装飾からみて、ドレスショップから届いたようだった。今世のエリーゼには縁のない物。
(どういうこと?)
ラインハルトのパートナーの件で、ブランシェにドレスを借りようと、次の休みに子爵家にお邪魔してドレスを見せてもらう約束を取り付けたばかりだ。
サイズとデザインをブランシュは気にしていたが、目立つつもりもないエリーゼにしてみたら、さほど気にならない。
エリーゼが戸惑いつつ、どこから送られて来たのかを確認しようとすると、デジレが話しかけてきた。
「それドレスでしょ? エリーゼは、卒業パーティーに出るのね?」
「あ、はい。パートナーを頼まれまして」
「そう」
デジレはいつも淡々としていて、エリーゼに必要以上に話しかけたりしない。意地が悪いとかではなく、他人に対して興味が無さそうにみえたのだ。
そんなデジレがドレスに反応し、エリーゼの動向を気にしたことに首を傾げた。
「それよりも、これ」
デジレは立ち上がると、コトッとエリーゼの机に小さな容器を置く。リボンがかかった瓶。
「茶葉……ですか?」
「ええ。薬草とまではいかないけれど、リラックス効果のある葉を発酵して乾燥させた物よ。ハーブティーみたいに蒸らして飲むといいわ」
「ハーブティー?」
「エリーゼ。あなた、時々うなされて眠れていないようだから」
(……えっ!?)
デールですら何も言ってこないから、まさかデジレが気付いているとは思わなかった。
「すみません。たまに夢見が悪くて……起こしちゃいましたか?」
「いいえ。たまたま目が覚めて気付いただけだから、気にしないで」
愛想もなく言うと、デジレはドレスの箱を見もせずに、また机に向かい広げられた課題をやり始めた。
エリーゼは瓶の蓋を開け香りを嗅ぐ。爽やかさは無いが、キツくもなく飲みやすそうだ。
(たまたま気付いただけで、わざわざ用意するかしら?)
一瞬、イングリッドのドリンクの件が脳裏をよぎる。
けれど、エリーゼは要人でもないのだから、正直そこまで周囲を警戒する必要はないだろうと思い直す。
ほどいたリボンを見ると、これはただの好意のような気がした。
(もしかして……。デジレ先輩は私と話す機会を窺っていたの?)
不器用な人なのかもと考えたところで、夜中に抜け出していることも気付かれているのではないかとハッとした。デジレも騎士を目指しているのだから、五感は鋭いはず。
けれど、それ以上エリーゼに話しかけてはこなかった。
(まぁ。余計なことは言わないに限るか……)
エリーゼは気を取り直し、どこから送られて来た物なのかを確認することにする。
高級店らしきドレスショップ。
入っていたメッセージカードには贈り主の名があった。薄々は感じてたが、やはりユリウスからだ。
エリーゼがラインハルトのパートナーになったと知ったのだろう。
公立である騎士学校なのだから、公王弟であるユリウスにとって情報を得るのはいとも容易い。とはいえ、用意するのが早すぎる。
箱を開けると、エリーゼの好みにぴったりなドレスが入っていた。
制服で採寸されているからか、ドレスも靴もサイズは合っていそうだ。
(素敵……。もしかしたら、前々から用意してくれていたのかも。ここは貴族の学校だから……)
ユリウスの背後に両親の顔が浮かぶ。
アンジェリーヌが、ドレスのデザインに口添えしたのかもしれないと、エリーゼの顔が自然とほころんだ。
(今回は無理だけど、私の卒業の時は二人を呼びたいな)
◆◆◆◆◆
――ガシャーン!!
薄暗い部屋の中、けたたましい音が何度も響いた。
「……どうしてっ! ……どうして私だけが、こんな目に合わないといけないのよ!」
イングリッドは、引きちぎった天蓋の布を踏みつけると、親指の爪をガリガリと噛む。
公都から離れた伯爵家の領地にある屋敷の一室は、投げつけて壊れた調度品が床に散乱し、イングリッドの足を傷つけていた。
だが――。絨毯の床が赤く染まるほどの傷だったが、憎しみに支配されたイングリッドは痛みすら感じない。
激しい音を聞きつけやって来た使用人は、驚きに青褪めつつも傷を手当てしようとするが……。イングリッドに当たり散らされ、近付くこともままならなかった。
かつて、可憐な笑みを浮かべていた伯爵令嬢の面影は無く、使用人は部屋に入ることすら出来ず怯えるような表情を見せる。その態度がまたイングリッドを苛立たせた。
壁にかかった、燭台でズタズタに裂かれた家族の肖像画を、イングリッドは鋭く睨んだ。
「みんな、あの女のせいだわ。間抜けな従兄も、役立たずのメレーヌが裏切ったのも!」
死んでしまえばいいのに……そう思った瞬間、傷ついた足元にぶわりと不思議な靄が湧き出る。
靄はじわじわと浸食していくように、イングリッドの中へと取り込まれた。光属性の魔力はどす黒く変化する。
すると――。
「ああ、そうよね。あの女が全て悪いのだから。エリーゼ……いいえ、────がちゃんと罰を受けなきゃね」
イングリッドはスッと立ち上がと、まるで柔らかな絨毯の上を歩くかのように、軽やかな足取りで破片を踏みつけながら部屋を出る。
不気味な笑みを浮かべたまま、何かに導かれるように地下室へと向かって行った。




