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21. おかしなデール

「エリーゼ、おかえり」


 背後から聞こえた声は、馴染みのあるデールのものだった。

 戻って来た裏庭には、エリーゼを転移させたルークも、一緒に居たはずのアルの姿もない。


「うん、ただいま」

「随分とボロボロだな。で、負けたのか?」


 デールはぶっきらぼうに言う。


「そっ。見事なまでにね」


 完敗だったことを告げてから、あれっと思った。


 直接デールと繋がっている、他人には見えない手首の印。そこから、エリーゼの状況を全て把握していると思っていたが、どうもデールの反応は違っていた。


 エリーゼを転移させたのがルークで、アルの仕業だと確信しているようだが……。あの魔法空間では、デールとの繋がりが遮断されていたのかもしれない。

 だから、こんな不満そうな顔をしているのかもとエリーゼは思った。


 ゆっくり近付いてきたデールは、エリーゼの前に立つとパチリと指を鳴らした。ボロボロの制服や乱れた髪が綺麗になる。

 すっかり忘れていたが、エリーゼはこれから表彰式で人前に出なければいけないのだ。


「ありがとう、助かったわ」


「……ああ」とデールは覇気のない返事をする。


 すると突然。

 こつん……とデールはエリーゼの肩に顔を埋めるようにもたれ掛かった。


「へ? どうしたの?」


 フェレットの時にする仕草と同じだが、人の姿でやられるとビックリしてしまう。


「どうしてオレの力を使わなかった? そうすれば、エリーゼのそばに行けたのに」


 すぐ耳横で聞こえるデールの声。頭の中に響く声とは違って、息のかかりそうな距離感に戸惑う。


「もしかして……拗ねてるの? 魔法空間(あそこ)はデールからは行けない場所だったとか?」

「………」

「悪魔なのに?」

「……ルーク(あいつ)に邪魔された」


 デールは顔を上げず、不機嫌さを滲ませ言った。


「デールの邪魔を? ルーク先生は、そんなに凄い魔術師なの?」とエリーゼは驚く。


「違うっ!」と、バッと顔を上げたデールはぷうっと頬を膨らませた。


「魔法自体は大したことなかった」

「じゃあ何で?」

「アルが作った空間に、聖石が使われていたからだっ」

「え!?」


 てっきり、あそこはルークが作った空間だと思っていた。ルークは、アルのいる場所へエリーゼを転移させただけ。

 アルは強くなっただけではなく、魔法にもそれほど精通しているのかとエリーゼは愕然とする。


(こんな短期間で、アルはどれだけ努力したのだろう……。それにしても、聖石を使うなんて)


 過去に神官をしていたエリーゼは、聖石をよく知っている。


 聖石とは、神殿で神官が祈りを捧げ、神聖力を蓄えた水晶にも似た白い石のこと。それを使い、信仰している神の像を彫るのだ。

 神殿はもちろんだが、祈りを捧げられる場所には小さくとも必ずその像を置く。聖石の像が置かれた場所は、神の加護が与えられ、悪いものから守られると信じられた。――そんな聖なる石。

 

 デールと初めて会ったとき、エリーゼは悪いもの……いくつもの不気味な手を祓ったことを思い出す。


(あの時のお祓い、デールも少しは痛みを感じていたみたいだったから。さすがに聖石まで使われたら……入りたくても入れなかったのね。確かに、言われてみたら……)


 エリーゼとアルが戦った闘技場が崩れ去り、その周りの魔法空間を覆っていた、磨りガラスのような壁がパリンと割れた。

 きっと聖石を四方に置き、それを媒体にした結界で囲っていたのだろう。呪いすら弾く、高い神聖力が無い者でも出来る特殊な結界の一つだ。


(アルはやっぱり……)


「今度から、絶対にオレを呼べよな」


 デールはまたもエリーゼの肩に顔を乗せてくる。


「はいはい」


 何だかデールが甘えん坊の子供みたいで、可笑しくなった。


「ねえ。あの空間を壊したのは、デールなの?」

「ああそうだ。入れないなら壊せばいいだろ?」


(う、うーん。さすが悪魔的な発想ね。でも、同じ状況なら……私も壊しそうだわ)


 ずっと一緒にいるせいか、考えが似てきている。

 ともかく、デールはエリーゼを心配していたのだ。契約者の、安否を気遣うのは当然かもしれないが。

 エリーゼは幼い子を慰めるみたいに、デールの背中をトントンした。


「ところで、ルーク先生は?」


 ルークは裏庭に残っていたはずだ。


()()()()

「……嘘言わないで」

「嘘じゃない。悪魔は契約者に嘘は言えないの知ってるだろ。どこだか知らない国に置いてきた」

「なるほど。だから、知らないって……えっ!?」


 どうやらデールは、ルークをかなり遠い国まで()()()()らしい。


(なんて無茶を! 魔塔の優秀な魔術師だとしても……)


 転移陣とは違い、転移魔法そのものは簡単な魔法じゃない。


 転移陣は、入り口になる転移陣と出口になる転移陣で一組になり、行き来が簡単にできる便利なものだ。

 ただ、事前に移動先に敷いておかなければならないが。転移スクロールも原理は同じだ。


 転移陣が使えない場合は、自身で座標を合わせて直接転移魔法を展開しなければならない。その上、魔力の消費が相当激しいのだとか。優秀な宮廷魔術師でさえ、一度に移動出来る距離は限られていると。 

 そうなると、いくらルークでも長距離はかなり厳しいはず。


(魔力は、有り余っていると思うけど。近場ならまだしも、()()()()()って、ねぇ。デールは、どうしてそんな正体がバレてしまうような無謀なことを……?)


 とりあえず、明後日のルークの授業が自習にならないことをエリーゼは密かに祈った。


 


 ◇◇◇◇◇




 程なくして、表彰式は執り行われた。


 エリーゼは、イングリッドとはまた違ったタイプの美しい白薔薇姫に花冠を乗せてもらう。

 前日の事件や、少し前までアルと戦っていたのが嘘のように、表彰会場は華やかで歓喜に包まれていた。



 ――やはり。


 会場には、ルーク、アル、ラインハルトの姿は見当たらなかった。



 

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